この病気を受け入れ、向かい合うまでにはすごく時間が掛かった。
医師はなんでも病気にしたがる。儲けるためだ。
こんな疑念から始まり
私がそんな病気や障害を持っているはずない。
誤診だ。
などと長い間思い続けていました。
けれど初めて全てを受け入れることが出来た時に
点と点が繋がって線になると言うか
不思議な感覚を覚え
少しだけ気持ちがらくになりました。
そうか、小学生の時に忘れ物ばかりしていたのも、大勢の前で叱られ恥をかいたのも、中学生の頃にイジメにあったのも、仕事を皆と同じようにこなせなかったのも、クビになったのも、引きこもったり、寝たきりになったり、警察のお世話になったのも、薬漬けになったのも…
このせいかもしれない。
病気のせいにすることによってらくになれた。
私は運良く結婚でき、子供を授かることができ、いろいろ問題はありながらも家族に支えられなんとか生きている。
それって本当に有り難いこと。
病気だからと甘え、家族を頼りすぎていることがあるけれど
もっと感謝の気持ちを持つべきなんだよね。
両親にどれだけ心配を掛けただろう
迷惑を掛けただろう
普通の家事をこなせず、それどころか迷惑ばかりかけて…仕事も大変なのに…夫はどんな気持ちだったろう。
普通の子供のように三食きちんと美味しい食事を食べさせ、公園や児童館で他の子供とふれあわせ、情緒の安定したママとして育児をする。
そんなこともできていないのに子供は問題もなく素直な良い子に育ってくれている。
当たり前じゃないのに
どうしても忘れがちになってしまう。
自分のことでいっぱいいっぱいになり、
世界の中心が自分になってしまうから。
だけど本当は常に忘れてはいけないんだよね。
感謝の気持ち、全ては当たり前ではないこと。