久々ですね。
書いた記憶も無けりゃ、昨日というか今朝の記憶もございません!
私の記憶を保つ時間は今は半日もないです。
自分が仕事で撮った写真がいつのものか、やったのかさえ曖昧で、
常に自分は "Who was I ?" です。
私は誰だった?って直訳が今の私にはピッタリ。
毎日、記憶をなくすことでツライ気持ちばかり。
でもネガティブのままだと本当に死んでしまうから、それだけは避けようと、
バカみたいに仕事を詰め込んだ。身体を壊すと解ってても、
心がもっと壊れたり、死のうなどと思うよりは正しい選択だと思う。その選択肢しか私は思いつかない。
自分の価値が分からなかった。
生きている意味を見出せなかった。
自分も解らぬ毎日の酷い孤独から逃げる為に求めた。
ずっとそんなことを考えていた。
そして先程思った。
自分の価値が分かったら、そこで終わりなのでは?と。
価値を見出せるのは過去の人だ。
今を生きる人間に求めるなら時価。
ただ、時価がつくということは、それ以上の成長はあっても、
いま以上の発展や変化での成長は見られない。
価値の付けようがない。
ならば価値を探すことが馬鹿げたこと。
氷の水に入れば凍てつき痛み、
炎に身を投げれば痛みもない苦痛。
息を5分止めろと言われて、人間の普通の構成では、それはとても苦しく意識を保てないだろう。
身体は生きるために動く。
邪魔するものは排除しようと働く。
心も同じ。
私を守るため、生きる欲を失わないように、記憶を消してでも私を守る。
私は一人でも、私の知らない部分、見えない部分が私を生かそうと、いつも頑張っている。
自分のことのくせにコントロールが出来ない自分。生きようとただひたすらなそれが本能なのだね。
人工化の世界で育ってても、遺伝子改良されたものを食べても、本能は死ぬまで諦めない強い自分。
勝手に備わってる。
人は弱くとも命はどれも果てなく強いのだね。
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