O型の女性が好きだ。

おおらかな感じが心地いい。

俺の人生に現れた魅力的な女性の大抵はそうだ。

おかしな話だが現実だ。

大人になっても
おんなじものだってある

oasisのWHATEVERはいつまでたっても名曲だ

奥深さのある理由なんてねーし、説得力ある言葉なんて無いんだろうけど
昔から変わらず好きなものは、変わらないまま好きでいたい



Oは別の見方で
ゼロとも読める

0は何をかけても割っても変化しない
だからこその不変だ

0という形と偶然にも似た血液型の女性がいつまでも好きなんだ。






…Omawari野郎もいつまでも嫌いだけど。



おわり★
学生の青くせぇ頃、ひたすら上を見ていた気がする。好奇心がとめどなく溢れ出すがままに欲望に飢え、大人に対して攻撃性を持ち、足掻き続けることで何かを探し当てようとしていた。

今の俺はどうだ?
ウエの見方が変わったのかもしれない。技術やコミュニケーション能力、それらを身につけることで無意識的に上へ向かっていくような気さえ若干している。これは価値の掏り替えなのか。どこかが少しずつヅレてきている。昔ほど何事にも熱を帯びなくなってしまったのか。

ただ、年を重ねることで違う飢えも出てきた。変に冷めきった感情ではなく、いい意味のほとばしりで。辿り着くまでの道程は険しいかもしれないが、達成した時に自分のアイデンティティーを噛み締められるような。

それは自己だけの幸せを考えるよりも、自分の気心知れた人を含んだ幸せを目指したいという-
そんなウエに飢えている。

別にクソッタレな宗教と合流する気はない。交じり合う事もない。流れていく時間の中で自分が見い出だしたものだ。

これまでもこれからも。

マンションの高見から一望する夜明けの朝日。10年以上前に見た景色と何ら色褪せていない。
だが、孤独を気取り、ギラギラと目をちらつかせて尖っていた頃の俺はもういない。何かを失って捨て、また新たに何かを手に入れ淘汰されていった俺に、当時の俺はもはや合わない。

暴発気味で粗削りではあるが大きなエネルギー。今でも魅力的ではある。しかしエネルギーとして多少減った感覚ではあるが、緩急や視野を纏えた今の自分の方がいい。

丸くなった。落ち着いた。大人になった。年をくった。
悪い言葉ではないはずなのに、使われている本質がどうも下がっているような意味合いを醸していて気にくわない。

ちげーんだ。

青くせぇ時に見てた上が現時点で、その上を今は見てるんだ。
そう思ってウエを目指し続けていきたい。





‥つづく★

高校の時に抱えていたmajorに対するアンチ感。


純愛に対する拒絶。誇示される権力への抵抗。生への懐疑心。




すべてが若かった。


それが思春期だった。







時が大分過ぎた。





毎日電話することへの不必要の意識はいつの間にか必然に


変な小さなこだわり一つ一つが解けていった





愛もマボロシのように


はかなくどこかに消えていったように、すでにこぼれ落ちていたように見えただけで


よくみりゃ
最初から俺の手元にあったんだ






マボロシのように

見失わないように

大切にしなきゃいけない、ね







…つづく★