往診
週に三日往診にでる。
外来で診れない患者さんを家に訪問したりもしくは施設に行って治療する。
半身麻痺で車椅子、病気による寝たきりの方、痴呆症などさまざまな方と接する。
往診ではいわゆる外来でするような治療以外に口腔ケア、口腔リハビリという
大事なものもある。
本人が自力での歯磨きが困難なため、こちらが代わりに担当する。食べ物を飲み込む力が弱かったり、発話が難しい方には機能回復のためリハビリもする。
一緒に体操をしたり、発音の練習をする。
今日も一日中、往診にでていた。
ただしDr.コトーのように自転車でさっそうとではないのだ。
たくさんの治療機材を車に乗せ、街から街へと移動する。
1日の移動距離は100キロを超える。
ある大手介護事業所の方が運転を担当し歯科衛生士と三人で
1日かけて訪問する。
今日、診た患者さんの中にあるSさんという方がいる。
年末に歯ぐきが痛いということで診療することになった。
Sさんは比較的大きな病院に入院中である。
その病院に往診にきている歯科医院はあるのだが、その歯科医院では治療が難しいということで、うちが紹介された。
Sさんと俺は苗字が同じであった。同じといっても読みが同じで漢字は異なるのだが。出身も同じ県である。
そういうこともあってか、Sさんは俺に何かの縁を感じたらしく「先生、私をなんとか治してください。食べられるようにしてください」と頼まれた。
Sさんの歯ぐきには大きな潰瘍があった。クレーター状に幅5mm、長さ2cmほど陥没している。
一目見ただけでは原因が分からなかったが、口を閉じてもらうと上の銀歯が
下の潰瘍のところに突き刺さっている。
痛いわけだ。
下の歯は一本も残っていない。上の歯は4本だけ残っている。
入れ歯は持っているが、合わないから使っていないという。
下の歯はないのだから入れ歯を入れないと上の4本の歯は歯ぐきにあたってしまう。
実際、入れ歯を入れてみるとなるほど、あまり合っているとは言い難い。
しかし入れ歯には、何度も調整し苦労したような形跡が残っている。
その歯科医もずいぶん苦労したのであろう。
Sさんの治療は先週から始まった。
まずは歯ぐきを突き刺している銀歯を外すことからスタートした。
銀歯を外すと潰瘍がある下の歯ぐきには刺激は加わらない。
残り三本はまだ歯ぐきに当たるのだが傷をつくるほどではない。
一週間後の今日診たところ、潰瘍はほぼ治りかけていた。
Sさんはだいぶ楽になってきたといい、次は早く入れ歯を作ってほしいと
言ってきた。
もちろん早く入れ歯を入れてあげて、お粥だけの食生活から開放してあげたいので今日から入れ歯作りにとりかかった。
ここまで書いておいてなんのことはない普通の診療の光景だ。
しかしSさんはなんというかとても繊細でかつ自分の意見を押し通す方なのだ。こんなこといっちゃいけないんだがわがままでクレーマーなのだ。
そこの病院の看護婦もSさんを少し厄介者に感じてるような雰囲気すらある。
前の歯科医もほとほと手を焼いていたようだ。
いわゆるできれば関わりあいたくない人なのだ。
しかしだ。
最近思うことがある。
困難な事のみが自分を成長させる。こんなことは当たり前のことなのだろうが
いまさらながら強く思う。
今まで診た患者でも難しいケースはたくさんあった。
「こんなにぴったりした入れ歯は初めてです」と目の前で泣き出したおばあちゃんもいたし「こんなにようかめるの20年ぶりやわ」と喜んでくれた人もいた。どれも俺としてはとても難しいと思われたケースであったがなんとかなった。
よその歯科医が無理だったんなら俺がやっちゃろうじゃないの。
今日、Sさんに言ってしまった。
「任してください。きっちり治しますから」
あ~、言っちゃったのだ。
ま、若さのメリットって勢いぐらいでしょ。
また長くなってしまった。またがんばりすぎだ。
誰か読んでくれてる人、いるんだろうか?
ま、いいや。
自分を見つめなおす作業になれば。
外来で診れない患者さんを家に訪問したりもしくは施設に行って治療する。
半身麻痺で車椅子、病気による寝たきりの方、痴呆症などさまざまな方と接する。
往診ではいわゆる外来でするような治療以外に口腔ケア、口腔リハビリという
大事なものもある。
本人が自力での歯磨きが困難なため、こちらが代わりに担当する。食べ物を飲み込む力が弱かったり、発話が難しい方には機能回復のためリハビリもする。
一緒に体操をしたり、発音の練習をする。
今日も一日中、往診にでていた。
ただしDr.コトーのように自転車でさっそうとではないのだ。
たくさんの治療機材を車に乗せ、街から街へと移動する。
1日の移動距離は100キロを超える。
ある大手介護事業所の方が運転を担当し歯科衛生士と三人で
1日かけて訪問する。
今日、診た患者さんの中にあるSさんという方がいる。
年末に歯ぐきが痛いということで診療することになった。
Sさんは比較的大きな病院に入院中である。
その病院に往診にきている歯科医院はあるのだが、その歯科医院では治療が難しいということで、うちが紹介された。
Sさんと俺は苗字が同じであった。同じといっても読みが同じで漢字は異なるのだが。出身も同じ県である。
そういうこともあってか、Sさんは俺に何かの縁を感じたらしく「先生、私をなんとか治してください。食べられるようにしてください」と頼まれた。
Sさんの歯ぐきには大きな潰瘍があった。クレーター状に幅5mm、長さ2cmほど陥没している。
一目見ただけでは原因が分からなかったが、口を閉じてもらうと上の銀歯が
下の潰瘍のところに突き刺さっている。
痛いわけだ。
下の歯は一本も残っていない。上の歯は4本だけ残っている。
入れ歯は持っているが、合わないから使っていないという。
下の歯はないのだから入れ歯を入れないと上の4本の歯は歯ぐきにあたってしまう。
実際、入れ歯を入れてみるとなるほど、あまり合っているとは言い難い。
しかし入れ歯には、何度も調整し苦労したような形跡が残っている。
その歯科医もずいぶん苦労したのであろう。
Sさんの治療は先週から始まった。
まずは歯ぐきを突き刺している銀歯を外すことからスタートした。
銀歯を外すと潰瘍がある下の歯ぐきには刺激は加わらない。
残り三本はまだ歯ぐきに当たるのだが傷をつくるほどではない。
一週間後の今日診たところ、潰瘍はほぼ治りかけていた。
Sさんはだいぶ楽になってきたといい、次は早く入れ歯を作ってほしいと
言ってきた。
もちろん早く入れ歯を入れてあげて、お粥だけの食生活から開放してあげたいので今日から入れ歯作りにとりかかった。
ここまで書いておいてなんのことはない普通の診療の光景だ。
しかしSさんはなんというかとても繊細でかつ自分の意見を押し通す方なのだ。こんなこといっちゃいけないんだがわがままでクレーマーなのだ。
そこの病院の看護婦もSさんを少し厄介者に感じてるような雰囲気すらある。
前の歯科医もほとほと手を焼いていたようだ。
いわゆるできれば関わりあいたくない人なのだ。
しかしだ。
最近思うことがある。
困難な事のみが自分を成長させる。こんなことは当たり前のことなのだろうが
いまさらながら強く思う。
今まで診た患者でも難しいケースはたくさんあった。
「こんなにぴったりした入れ歯は初めてです」と目の前で泣き出したおばあちゃんもいたし「こんなにようかめるの20年ぶりやわ」と喜んでくれた人もいた。どれも俺としてはとても難しいと思われたケースであったがなんとかなった。
よその歯科医が無理だったんなら俺がやっちゃろうじゃないの。
今日、Sさんに言ってしまった。
「任してください。きっちり治しますから」
あ~、言っちゃったのだ。
ま、若さのメリットって勢いぐらいでしょ。
また長くなってしまった。またがんばりすぎだ。
誰か読んでくれてる人、いるんだろうか?
ま、いいや。
自分を見つめなおす作業になれば。
29歳としての歯科医
先日、29歳になった。
それは28歳として最後の日であった。
正月明け、初仕事の日である。
朝、院長から電話があり午前中は来られないからよろしくとのこと。
午後から来るらしい。
休み明けなので歯が痛い、つめものがとれたなどの急患が多いのは目に見えている。
効率よく治療できるよう、カルテを見つつ診療開始を待つ。
待合室には予約外の患者がチラホラ。
さて診療開始。
できるだけ丁寧な説明を心がけ、治療をしていく。
待合室では本を読みつつもまだ呼ばれないかと診療室内をチラチラ気にする人もみえる。
そして一時間ほど経った頃であろう。
ある女性の新患さんが入ってきた。
年のころ70ぐらいであろう。
おれは他の患者さんを待たせつつもチェアに近づき声をかけた。
「おはようございます。○○さん」
その患者さんは俺を一瞥するなりこう言った。
「わかっ!」
サプライズである!新年早々サプライズなのだ。
初サプライズである。
「先生、若そーですねぇ」とかではないのだ。
「わかっ!」なのだ。
それは明らかに悪意のこもった響きだった。
俺は明らかに動揺した。
しかしそれを押し殺すようにして
「差し歯がはずれたのですか?ちょっとみせていただけますか?」
と言った。
けれどその患者さんの目は明らかに信頼感とは程遠い不信感を帯びたものだった。
俺はなるだけ丁寧に説明をし、レントゲンを撮りその日できる処置を施した。
悲しかった。
若いとはそういうことなのだ。
26歳で歯科医になった。
もうすぐ丸三年である。
まだまだ未熟な伸び盛りである。
学ぶべきものも山ほどある。
しかし、まぁ、ある程度の自信はついてきた。
自分が担当している患者さんはたくさんいるし皆それ相応に満足しているように見える。
しかし若いのだ。
貫禄、経験、オーラが無いのだ。
29歳といったら普通オッサンだ。
結婚して子どもがいてローンを組んでマイホームでも買って飼い犬の一匹でもいてもいい年だ。
俺は未婚で隠し子もおらずおまけに賃貸だ。
にじみ出るものが無いのだ。
となると外見を取り繕うのだ。
そうだ、ヒゲでも生やそう。
だが残念ながら俺はヒゲが薄いのだ。
努力したとしてもせいぜいチョビヒゲだ。
アリスの誰かに似てしまうのだろう。
貫禄出すためにビール腹もいいかもしれない。
けどお気に入りのジーンズが穿けなくなってしまう。
先日、友人の勤め先の院長を紹介された。
その院長は俺を「学生さん」と言った。
24,5歳の頃30代に憧れた。
大好きなミュージシャンはみんな30代だった。
かっこいい30代だった。
Don't trust under thirties.
30歳まであと一年となった。
そう遠くないうちに開業も考えている。
自分の病院に来た患者さんに「わかっ!」と言わせたくない。
歯科医師として医療に携わるものとして相応の人間になりたいのだ。
長くなってしまった。がんばりすぎだ。
こんなことじゃ続かない。
あしたは成人の日だ。しかし俺は1日往診だ。
祝日だが、患者さんが待っていてくれる。
街には新成人があふれえるだろう。
「おまえらぁ~、歯ぁ、磨けよぉ」
それは28歳として最後の日であった。
正月明け、初仕事の日である。
朝、院長から電話があり午前中は来られないからよろしくとのこと。
午後から来るらしい。
休み明けなので歯が痛い、つめものがとれたなどの急患が多いのは目に見えている。
効率よく治療できるよう、カルテを見つつ診療開始を待つ。
待合室には予約外の患者がチラホラ。
さて診療開始。
できるだけ丁寧な説明を心がけ、治療をしていく。
待合室では本を読みつつもまだ呼ばれないかと診療室内をチラチラ気にする人もみえる。
そして一時間ほど経った頃であろう。
ある女性の新患さんが入ってきた。
年のころ70ぐらいであろう。
おれは他の患者さんを待たせつつもチェアに近づき声をかけた。
「おはようございます。○○さん」
その患者さんは俺を一瞥するなりこう言った。
「わかっ!」
サプライズである!新年早々サプライズなのだ。
初サプライズである。
「先生、若そーですねぇ」とかではないのだ。
「わかっ!」なのだ。
それは明らかに悪意のこもった響きだった。
俺は明らかに動揺した。
しかしそれを押し殺すようにして
「差し歯がはずれたのですか?ちょっとみせていただけますか?」
と言った。
けれどその患者さんの目は明らかに信頼感とは程遠い不信感を帯びたものだった。
俺はなるだけ丁寧に説明をし、レントゲンを撮りその日できる処置を施した。
悲しかった。
若いとはそういうことなのだ。
26歳で歯科医になった。
もうすぐ丸三年である。
まだまだ未熟な伸び盛りである。
学ぶべきものも山ほどある。
しかし、まぁ、ある程度の自信はついてきた。
自分が担当している患者さんはたくさんいるし皆それ相応に満足しているように見える。
しかし若いのだ。
貫禄、経験、オーラが無いのだ。
29歳といったら普通オッサンだ。
結婚して子どもがいてローンを組んでマイホームでも買って飼い犬の一匹でもいてもいい年だ。
俺は未婚で隠し子もおらずおまけに賃貸だ。
にじみ出るものが無いのだ。
となると外見を取り繕うのだ。
そうだ、ヒゲでも生やそう。
だが残念ながら俺はヒゲが薄いのだ。
努力したとしてもせいぜいチョビヒゲだ。
アリスの誰かに似てしまうのだろう。
貫禄出すためにビール腹もいいかもしれない。
けどお気に入りのジーンズが穿けなくなってしまう。
先日、友人の勤め先の院長を紹介された。
その院長は俺を「学生さん」と言った。
24,5歳の頃30代に憧れた。
大好きなミュージシャンはみんな30代だった。
かっこいい30代だった。
Don't trust under thirties.
30歳まであと一年となった。
そう遠くないうちに開業も考えている。
自分の病院に来た患者さんに「わかっ!」と言わせたくない。
歯科医師として医療に携わるものとして相応の人間になりたいのだ。
長くなってしまった。がんばりすぎだ。
こんなことじゃ続かない。
あしたは成人の日だ。しかし俺は1日往診だ。
祝日だが、患者さんが待っていてくれる。
街には新成人があふれえるだろう。
「おまえらぁ~、歯ぁ、磨けよぉ」
