先月から病気で入院していたおじいちゃんが水曜日亡くなりました。享年70歳でした。


私の父は次男坊が産まれる前にすでに病気で亡くなっていたので、もうおじいちゃんはいなくなってしまいました。。


まだ5歳なのに、もっと生きていてほしかった。


1週間前にお見舞いに行き、絵のお手紙を渡したばかりだったのに。


次男坊はお通夜で亡くなったおじいちゃんの姿を見ても泣くことなく、まだよくわかっていない様子でした。


お兄ちゃんは状況がわかり、悲しくて寂しくて終始大泣きでおじいちゃんとの別れを受け入れられない様子でした。


周りは大人ばかりだったので、お通夜で全力で泣くお兄ちゃんの鳴き声がお寺さんの声より大きく響きわたっていました。


次男坊は、途中からあまりに泣くお兄ちゃんにつられ大泣きでした。(お寺さんの低い声も怖かっただろうけど)


2人ともママ以外だめな感じだったし、パパは喪主だし、2人の気持ちを受け止めなだめるのに大変でしたが、2人のおかげで気にすることなく私も悲しい気持ちをストレートに出し泣けました。


後半泣きつかれ次男坊は小さないびきをかいて寝始めました。

起こすと泣くし、グダグダなまま私とお兄ちゃんと次男坊で焼香もしました。



何度も会場から出たほうがいいか、泣かないでと伝えるか悩んだけど、おじいちゃんがこの場にいたらきっと「気にせず泣いてても大丈夫だから」と言ってくれる気がしたので会場から出ることなく、2人抱きしめていました。


お通夜が終わった後、親せきの方や見知らぬ方にも「おじいちゃん泣いて喜んでるよ。おじいちゃん大好きだったんだね。私たちも同じ気持ちだから、代弁して泣いてくれてありがとうね」と。


救われました。




帰宅後、次男坊はケロッとしていたけどお兄ちゃんはまた思い出して寝つくまで泣きつづけ、泣きつかれ寝てました。朝起きても思い出し「もう行かない。お葬式も行きたくない。さみしいから」と大泣きでした。


なんとか泣くお兄ちゃんを説得し、「最後におじいちゃんに手紙でもいいし、折り紙でも絵でも何でもいいから渡しに行こ?」と提案すると、次男坊が「かみひこうき つくろう」と言いました。お兄ちゃんは「わかった」と気持ちを切り替え、2人で紙飛行機を作り、紙飛行機にメッセージ描いたり絵を描いたりしてそれをもってなんとかなんとかお葬式に行けました。


お葬式ではもう2人は泣くことはありませんでした。最後おじいちゃんが眠る棺に紙飛行機とお花だけお兄ちゃんは悲しくて入れれなかったので、次男坊がお兄ちゃんの分も入れました。


そして火葬場に行き、最後の最後のお別れをしました。

次男坊は「バイバイ」とおじいちゃんに最後の言葉を伝えられました。お兄ちゃんの分も。


こんな経験を5歳と7歳がするのは早い。あまりにも悲しすぎて辛くていたたまれなかったです。


春にパパが東京に行き、そして大好きなおじいちゃんがいなくなり、今年は子どもたちにとって試練の年です。


先日、車に乗ってる時に次男坊がシートベルトをしてないことにお兄ちゃんが気づき「次男坊シートベルトして!ママがおまわりさんに連れて行かれちゃう。ママまでいなくなったらいやだ、早くシートベルトして!!」とプチパニックになっていたお兄ちゃん。


ママは絶対そばにいるからね。

ママは死ねません。


どうか子どもたちが自分から手を離して自立するまで健康で生きられますように。


そしておじいちゃん、子どもたちを天国から見守っていてください。