何回もブログに書いたり

人に話したりしてるけど

いまだに心の傷が癒えなくて。



私は当時、小学生でした。



幼児期の

風しんの予防接種が一回だった世代です。


その後、抗体価の定着のために

できるだけ早く、2回目の接種をするように

と促された世代です。



2回目の接種をするように、という通知が

小学校3、4年生の頃にありました。


担任の先生が女性で、

女の子たちに気を遣って

予防接種のプリントを何回も何回も

出してくれました。



そして

児童に一人ずつ「接種した?」と聞いてくれたのでした。




私は家にプリントを持ち帰りました。

家で母親にそれを渡しました。


母親は無反応でした。


学校で担任から

接種したかと聞かれ、担任がホームルームで説明をして、プリントを渡してくれる。

そんなことを何回か繰り返しました。


私が母親に

「先生がやりなさいって言ってる」と伝えると


母親はプリントを読んだりせずに

「予防接種は全部済ませとる!!!」



と言って切り捨てたのでした。



私は学校で先生にそれをそのまま伝えました。

すると先生は諦めたのかなんなのか、残念そうな顔をした気がします。




私は結婚し、妊娠しました。

妊娠直後に行った抗体価検査で

風しんの抗体がないことがわかりました。


残念なことに、1回目の妊娠の時

私は初期流産をしてしまいました。


自然流産だったので、

風しんは直接は関係してはいませんでした。


流産を告げられた時、母親も一緒にいました。

診察の後、あれこれと私を励まそうとする彼女はとんでもないことを口走りました。



母親は

「風しんの抗体がなかったことがわかったし、流産して返って良かった」と言いました。




なんてことを言うのかと。

私の母親はこんな人なのです。

とても残念な人なんです。



何かにつけて、利益優先で話をしてくるのです。



母親の実姉についても、似たような、酷いエピソードがあります。



日本の海外事業所がテロに遭った時、

亡くなった人が複数いて

その内容が

契約社員と、正社員だった際、

「契約社員の65過ぎてるおっさんなんかどうでもいいけど、もう一人の人は大事な人やのに残念だった。すごく偉くて重要な人だったのに」と公然と親戚中の前で言って退けました。





母親も母親の姉も

同じ環境で育ったわけですから

そういう価値観で生きてきたんだと

よくわかってもらえると思います。







私はいま、ある資格を取得しようとしていて、でも

その仕事につくとなると、風しんにかかるリスクが上がる内容です。




あぁ親に足を引っ張られている、

私は親に大事にしてもらえなかった、

と感じて


とても憂鬱な気分になっています。





私が適応障害と告げられた時の話も

ブログに書いて、話して

囚われたくないから

放そう(はなそう)と頑張っていますが

まだ

傷は癒えないです。