愛しさのつれづれで。〜アリスターchのブログ

2024年6月22日、『ワルイコあつまれ』「慎吾ママの部屋」のコーナーに木村多江さん演じる推古天皇が登場してsns上で話題になった。

 

※慎吾ママの部屋とは?

歴史上の偉人が現代の”慎吾ママの部屋”にやって来ておしゃべりを展開する\タイムスリップ・トークショー/

 

この中で推古天皇は自分が主導した事績を挙げたのだが、慎吾ママは驚く。それはかつて教科書で”聖徳太子”が行ったこととして載っているものだったから。

「聖徳太子がやったことですよね?」と問う慎吾ママに、今度は推古天皇の方が驚く。

聖徳太子?(ダレソレ)な表情。

慎吾ママが画像を示すと「ああ、この子。厩戸(うまやど)皇子」と返す。さらに自分は叔父の蘇我馬子と厩戸皇子と三人で政治を行ったのだが、最終決定は自分だったと言ってまた慎吾ママを驚かせる。このやり取りに、多くの視聴者は戸惑ったのではないかと思う。

そういえばこれと同じ反応は西太后(2023年1月7日、演:大竹しのぶさん)回でもあった。彼女は西欧諸国の視点と映画の影響から、自分は悪女と呼ばれるようになってしまったのだと訴えていた。

 

《推古朝の再評価》

推古天皇の治世については主に

二重丸古代日本における天皇の在り方

二重丸いわゆる”大化の改新”の見直し

二重丸それに伴う蘇我氏の再評価

二重丸”聖徳太子伝説”の洗い直し

が影響をしている。

 

これらによって、蘇我氏に圧迫されたり唆されたりする推古天皇と、それに対抗する皇族の厩戸皇子(聖徳太子)という考えが変化してきた。ところで蘇我氏と聞いて思い出されるのが、あの”大化の改新”で中大兄皇子・中臣鎌足らによって誅殺された蘇我入鹿ではないだろうか。その父親が蘇我馬子。大化の改新での中大兄皇子側の主張は蘇我氏は敵・悪役。こうした一方的な見方ではなく、双方について知ろうという流れが活発になり、その結果として、十七条憲法などこの時期の事績については推古天皇が主導権を持ち、摂政・厩戸皇子、大臣・蘇我馬子と共同で政治を進めたのではないか、という解釈が現在では優勢となっている。

聖徳太子についても、その伝説を記す『古事記』『日本書紀』の成立年代から脚色があったのではという疑いが出て、厩戸皇子の実態との区別が必要と考えられるようになった。また天皇の主体性、天皇にしかできないことがあったのではないかという考えが浸透し始め、時代による天皇の実態が再検討されている。(大化の改新の捉え方や厩戸皇子の本当の名前についての考えも変化しているので、興味のある方は調べてみてくださいサーチ

 

《戦後の日本史研究の姿勢》

 

これまでの歴史研究は「正しいとされる為政者の側から」だったり、物語と史料がごちゃまぜだったり、偏った考えに陥りがちだった。しかし、文献資料を扱う時には「どういう目的で作成されたのか」という視点がないと印象は違うし、自分の生きている時代の常識に捕らわれて冷静な判断が出来なくなってしまう恐れもあった。しかも、時代をさかのぼればさかのぼるほど文字資料は少なくなるので、どうしても物語や説話に寄ってしまう。戦後の日本の古代史研究はこの姿勢を見直すこと、物語や伝説については排除はしないが、公文書や日記、発掘資料(遺物やデータ)の方に重きを置き、整理し、それらを多面的に、フラットな立場から見るように切り替えようとしている。つまり、まだ、日本の歴史は研究の途中。(じゃあなぜ小中高で習うのかというと、そこまで分かっている事実・基本を身につけておくため)

 

例えば大河ドラマ『光る君へ』に出てくる一条天皇。賢帝・聖帝として捉える人もいれば、弱弱しくて力を発揮できない天皇として捉える人もいる。なぜそうなるかと言うと、同じ平安時代後期に成立したものであっても、多種多様な人材を多く輩出した、平安時代の中でも特異な時期と評価する『続本朝往生伝』のようなものもあれば、分かりやすくドラマチックな様子を描いて心情に訴えかける『大鏡』『栄花物語』では優しい感じに。すこし時代が下がると『愚管抄』(1220年成立)のように道長びいきで天皇は脇に追いやられがちになるものも。これは、作者の慈円が自分の出身である「藤原摂関家、九条家最高!」の立場で書くからというのがある。また、親政を推進した後三条天皇をはじめ力を持った為政者を理想とする人から見れば、一条天皇は臣下である道長に圧倒された、物足りない天皇と映っても不思議ではない。(それでも文化芸術に優れ、臣下に気配りを忘れない、安定した朝を率いた一条天皇の姿は聖代・聖帝に相応しく、説話の数も多い)

けれども、それらは後の時代の人間から見た感覚や印象でしかない。そういうものを取り払い、調べようとする時代の感覚・空気にできるだけ近づきながら、多様な考えで事象について考える。現代の歴史研究はそこを出発点としているので、まだまだ新しい解釈や発見は生まれると思う。その時は「嘘だったの⁉」ガーンではなく、「へぇ~」びっくりという感じで見てほしい(^o^)