東 横 線 ・副 都 心 線 直通運転 編 「 メトロ(地下鉄)日比谷線の巻 」
3月16日(土)より東急東横線とメトロ副都心線が相互直通運転になります。
そのために1964年(昭和39年)からのメトロ日比谷線との乗り入れが廃止され
同線は全て中目黒駅が始発・終着駅になります。
① 告知ポスター。日比谷線関連の記事(矢印)

そこで日比谷線でもう見られなくなる風景を3月10日(日)に撮ってきました。
その写真と私の東横線への思い入れとか歴史を簡単に綴ってみました。
写真と文とはつながりがない部分もあります。
私の実家は目黒区の祐天寺にあるため、私の幼少の頃から青春時代を過ごした
この地を走る東横線には大きな思い入れがあります。
1954年(昭和29年)当時は箱型の車両が多い中、大きな窓で流線型の5000系の
デビューは衝撃的な出来事でした。(写真②。ウィキペティア より)
② 全面緑色で青ガエルがあだ名です。現在、渋谷駅ハチ公広場に展示されています。

その後のステンレス車の出現により重量とか塗装の維持管理面で意外と早く引退
したなぁという印象です。
地方鉄道に売却され今でも日本のどこかで走っているそうです。
現在でも通用するデザインだと思います。
③ 北千住駅での「菊名」行き発車表示板。

④ 北千住駅でのメトロ車両の「菊名」行きの方向幕。

そして(1964年)今回廃止になる日比谷線との相互乗り入れ。
⑤ 路線図の中目黒~菊名。

(1970~)祐天寺駅から都立大学駅(何度も駅名変わっていて、都立大学が移転した
後も地元の要請でこの駅名が採用されています。)の高架工事が行われました。
環状7号線(道路)がまだ本格的ではなく、目黒通りも くの字型のため当時ではまだ
聞きなれない珍しい開かずの踏み切りでした。
地元の喜びは大変なものでした。
⑥ 中目黒駅での「菊名」行きメトロ車両と、東急運転士との車両引継ぎ。

⑦ 自由が丘駅停車中のメトロ車両。

⑧ メトロ車両の「元町・中華街」行き方向幕。

中目黒駅横でのトンネル出たところで日比谷線が脱線、そこへ対向の電車が衝突
するという大事故もまだ記憶に新しいことです。
2000年3月8日ということでこの8日に犠牲者の冥福を祈る式が行われました。
日比谷線は霞が関や銀座などの都心を走っていますので、東横沿線にお住まいの
通勤客が不便になるという今回の改訂です。
15,16日は他の予定が入っていますので早めの取材と記事アップとなりました。
この項 続く