定めなき浮世にて候へば一日先は知らざる事に候 -95ページ目

定めなき浮世にて候へば一日先は知らざる事に候

良い事・悪い事「一つの事象が原因で今日とは全く違う明日を迎える」なんてことを感じてます
「常識(定説・通説)」に対して???と思うことが多い昨今、自らの思いを記することもあります

そんな事を感じながら日常生活の中での思うところを記していきます


全景を南側から撮ってみました

左から

大堀切→主郭→二の郭→三の郭→

愛宕神社→参道→登城口(駐車スペース)

 

大堀切と主郭(三峰社)

2条もしくは3条の堀切の

形状がよく見えます

見事な台形の主郭

 

二の郭→三の郭

この辺は雑木で形状がわかり辛い

 

三の郭→愛宕神社

この辺も雑木で形状がわかり辛い

 

愛宕神社→参道(配水池)

 

参道(配水池)→登城口(駐車スペース)

 

天文10年(1541年)5月

起こった海野平の合戦

小県郡に侵攻してきた

武田信虎村上義清らと

小県郡を支配していた

海野棟綱滋野三家

真田氏との戦い

 

海野棟綱ら滋野一族は

武田・村上連合軍に応戦するも

この尾野山城が落城、

更に海野平でも敗戦し

総崩れとなり上州へ敗走

 

また、武田氏が滅亡後に

小県郡を統一した真田昌幸属城とし

天正13年(1585年)閏8月

小県に侵攻してきた徳川軍

(第一次上田合戦)に備えて

改修し拠ったという

 

そのような歴史がある城です