あの頃の金爆を知りたくて… -4ページ目

あの頃の金爆を知りたくて…

100%キリッシャー。
主に、過去の画像など載せてます(^-^)

実家のニャンコ、ついに旅立ちました。



前記事へコメントして下さった方々、本当にありがとうございましたm(_ _)m

コメントいただいてから、だいぶ日が経ってからですが、お返事かかせてもらいましたm(_ _)m

いろいろな体験談を聞かせてもらって、ずいぶんと気持ちを落ち着けることができました。





ニャンコが癌だと分かってから、約3週間。早かったなぁ…
本当にこの日が来るなんて。


亡くなる1週間位前から、数回、注射をしてもらっていました。たぶん、栄養剤とか水分補給みたいな感じで。少しでも楽にしてあげるには、この方法しかないと。
水は飲むんだけど、うまく吸収されないのか、脱水状態に陥っていたようです。


亡くなった当日も、昼に注射をしてもらっていました。



一応、安楽死についても聞いてみたのですが、やっぱり、病院でしかできないとのことだったので、その選択はなしにしました。長年暮らした、住み慣れた場所で最期を迎えさせてあげたかったから。



ゴールデンウィークまでもつかどうか、いや、でも、意外とあと2、3年生きたりして、なんてことを思いながら、毎日ニャンコを眺めていました。



病気のことを告げられ、もう長くないと言われたころ。4月中旬。
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呼吸は相変わらず苦しそうでしたが、まだ一応歩いたり、ファンヒーターの上くらいなら、飛び乗ることはできでました。
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4月下旬、もう、何かに飛び乗ったりすることはほぼなくなり、歩くとこも、必要最小限になりました。



とても心配だったし、ちょうど連休も始まるし、実家に2日程泊まり、夜はニャンコと一緒の部屋で寝ました。


夜中もずっと、息は苦しそうで、何度も何度も体勢を変えて、だぶんほとんど眠れてなかったんだと思います。




5月2日夕方、仕事が終わり、帰り支度をしていると、実家から電話がありました。
「今日は朝からもうぐったりしていて、全然動かない。ご飯も全く食べていない」と。

急いで実家に行きました。
もう今日でお別れだな、と見てすぐにわかりました。


頭を持ち上げるのもやっと。
亡くなる2時間くらい前。
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早く楽になって欲しいという思いと、まだまだお別れしたくないという思いが入り混じり、涙が止まりませんでした。



夜9時半頃、ニャンコのいる部屋には私ひとり。ぐったりしていたニャンコが、急に立ち上がり、ヨタヨタと歩きだし、すぐそばにあった布団の上に座り込みました。
そして、少し頭を持ち上げ、「ニャー、ニャー、ニャー」と数回、本当にか細い声で鳴きました。最期の鳴き声でした。
もう意識もうろうとしていたのか、最期であることを知らせてくれていたのか、それとも、一番懐いてる母のことを呼んでいたのか…



その直後、また移動しようしたのか、数歩歩いたところで、倒れてしまい、もう起き上がれませんでした。


私はもうパニック状態です。
「早く来てー!ねー、早く、早く!」と別の場所にいた母を大声で呼びながら、どうしていいかわからず、無意識のうちに、ニャンコを寝床に戻してあげていました。


なぜか私は、座らせてあげようと、体勢を立て直そうとしていました。だけどもう、そうはなりませんでした。次の瞬間、両手足、頭をピーンと突っ張った状態で、息を引き取ったのを確認しました。


無事、最期の瞬間を看取ることができました。
家族が揃う夜まで、よくがんばってくれました。
翌日はお休みだったので、ゆっくりとお別れすることができました。



抱っこが大嫌いだったけど、もういいよね?抱っこさせてね…
最期くらいはと、たくさんたくさん抱っこさせてもらいました。
ありがとうね…
やっと楽になれたね…




翌日、火葬してもらい、実家に戻ってきました。とても丁寧に対応してくださる霊園だったので、本当に心に残る、いいお別れをすることができました。




5月3日に14歳の誕生日を迎えるはずだったニャンコ。一日前に、13歳で旅立ちました。



たくさんの楽しい思い出、ありがとね…