“Thank you”と言われて、誰も頭の中で「サンキュー」って「ありがとう」という意味だよね?!とはわざわざ訳さないですよね

 
どんなに国の訛りがあっても、“Thank you”は勝手に頭に入ってきます
 
それは“Thank you”を知っているし、いつでも誰にでも自然と口から出てくるセンテンスではないですか
 
なぜなら「サンキュー」としていつも誰にでも使っているから、どんな時でも自然に口から出てくるのではないでしょうか
 
 
 
 
 
 
 
 

 
今は、外国人モデル業界に18年間いて、難しい話は内容によりますが、簡単なビジネス程度なら英語で十分話せます
 
でも、英会話スクールには通ったことないですし、中学高校と文法ぐらいしか英語は勉強してませんでした
 
業界に入った時、英語は全く分からず、冷や汗の毎日だったのを覚えてます
 
 
 
 
 
英語は独学で、基本勉強らしきは通勤の電車の中だけ、あちは日々の生活の中で英語を身につけました
 
英語を身につけた方法は「とにかく英語で独り言を言う」こと
 
例えば、英語で独り言を言ってみてください
・お腹すいたなー
・何食べようかな
・ラーメン食べに行こ
・外寒そうだな
・やっぱり家でカップラーメン食べよ
最初は少し時間がかかるかもしれないですが、慣れると結構簡単に独り言が口から出てくる用になると思います
 
 
 
 
 
 
ポイントは独り言としてちゃんと口に出すこと
 
英語はみんななんとなく勉強したので結構知っているのに、口に出すのが恥ずかしくて「英語は話せません」と壁を作ってしまう
 
独りならとりあえず恥ずかしさ半減だし、失敗しても時間かかっても問題ないですよね
 
日本人は真面目なのでやり始めるとどんどん英語で発言をすることが上手くなってくるはず
 
知っているフレーズや単語は、“Thank you”と同じようにどんなに訛っている発音でも聞き取れます
 
それを少しずつ増やしていけばそこそこ英会話できるようになると思いませんか
 
そこそこ出来るようになるまでが一番高いハードルなので、その高いハードルをクリアすれば、「もっとヒアリング出来るようになりたい」とか「もっと語彙力を増やしたい」とか「英語の本を読んでみたい」などと自然に思うようになりますよ
 
 
 
 
言語はコミュニケーションの方法なので、若い子の言葉を知るように、業界用語を学ぶように、コミュニケーションを取りたい相手に興味を持って、少しずつ取り入れていければそれで十分相手にも伝わるようになると思いますよ

今通っているMBAが取得できる大学院で、

  「週末に息抜きで映画を観るのもいい。

     その間に競争相手は先を走っているけどね。」

というような感じのアドバイスをされた講師がいました。

 

 

 

みなさんはどう考えますか?

 

 

 

確かに、「Time is Money」だという考えには同感です。

 ・たくさんインプットすれば知識は増える!

 ・アウトプットすれば影響を与えたい人への接点が増える!

でもなんだか違和感があります。インプットしてからアウトプットするまでに、何かありますよね。

 

インプット

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アウトプット

 

インプットした情報を、自分なりにじっくり考えて分析したものを、アウトプットして人に伝える。「考える」ことが抜けてますよね。

 

膨大な情報のインプットに疲れて、頭動かなくなっている人たくさん見かけます。意識にしなくても無理やりインプットさせられている気がするぐらいインプット病になって、正直つらいです。それをそのままアウトプットしている人がいますが、Google先生がいれば十分!

 

 

 

 

自分の持っている情報を「自分の考え」に変換する、これがGoogle先生にはできなくて人間にできることなんでしょうね。でも、自分の考えって、自分の中に強く持っていますか?感単には折れない強い芯を持っていますか?

 

自分の人生の中で、自分自身を見つめて深く探る機会はそんなに多くはないですよね。機会があったとしても、自分の人生って結構偏っていて、いろいろな情報を判断するには違う角度からの視点も欲しい気がします。

 

 

 

 

だからこそ「映画を観る」ことが人生の役に立つのではないでしょうか。とくにジャンルは「ドラマ」、人生の判断が必要な時に人は何を考えどう行動するのか、そしては人生を変える、人生が変わる喜びを疑似体験させてくれます。映画を観終わったあとは、自分ならどうするのか、この脚本または監督は何を一番伝えたかったのかを考えると、映画を観終わったあとの余韻もまた楽しい時間になります。

 

 

例えば、「スウィートノベンバー」と「ラブアンドドラッグ」を観比べてみてください。

 

「スウィートノベンバー」ガンを患った女性が、人生に行き詰まった男性を救い、恋に落ちます。でも、彼の思い出の中で綺麗な彼女でい続けるために、彼の元を離れます。

 

 

 

「ラブアンドドラッグ」は、同じく思い病気を患った女性が、ある男性と恋に落ちますが、病気に対する対応で食い違い別れます。その後2人はなんとかよりを戻しずっと一緒にいる選択をします。基本的な内容は同じですが、エンディングで選択する人生の歩み方が違います。

 

 

両方を理解した上で、自分ならどちらを選ぶか、私は何年も考えていますがまだ答えが見つかりません。映画はいろいろ人生の疑似体験ができ、その疑似体験を通して自分の考えを豊かにしてくれます。いろいろな場面で判断に必要な自分の考えを「育てる」ためにも、積極的に映画を観るというのはいかがでしょうか。

外国人モデル事務所で数万人のモデルを見てきた知見を、ぜひみなさんと共有できたらと思ってます。

 

 

 

【「おしゃれ」とは、バランスをバランスよく崩すこと】

 

 

 

美人なのに、あまりモテないとか、変な男に言い寄られる女性は結構いるみたいですね。

 

美人ではないけどおしゃれな女性は、「なんであんなにいい男と一緒なの」と思うほどの相手と一緒だったりすること、多くないですか。

 

 

 

男性で考えた方がわかりやすいかもしれません。

 

 

 

男性のスーツ、ちょっと奮発して海外ブランドで買うなら、だれでも知っているブランドだとARMANIとかでしょうか。「バランスの良い」綺麗に仕立てられたスーツは、着る人の品格を上げてくれますよね。

 

同じく誰でも知っているGucciのスーツやDiorのスーツではなく、なぜARMANIのスーツなのか。

 

■ARMANIスーツ

  ・上質な生地を使用

  ・しっかりとした仕立て

  ・安定感がある

 

■Gucciスーツ

  ・上質な生地を使用

  ・繊細な仕立て

  ・遊び心がある

 

これはバランスの問題です。

 

ARMANIスーツは、生地の柄も、スーツの形も、とても「バランス」が取れた綺麗なシルエットです。来ている人の品格がある一定以上だなと思わせてくれます。「一定以上の品格」を持つ男性はどんなイメージでしょうか。

 

■例えば、一定以上の品格を持つ男性

  ・落ち着いた立ち居振る舞い

  ・ワイン好き

  ・都心マンション住まい

  ・美人好き

  ・金融関係

 

こんな感じの男性がほとんどで、好きな「もの」、「ひと」、「こと」、がだいたい同じ。

 

美人な人は、会った時に綺麗だな!と思うのですが、別の日に改めてその人の顔を思い出そうとすると、多い出すのが難しいものです。美人とは、だいたい同じ様な顔をしていて、同じ様な趣味趣向の女性なのでしょう。

 

まわりと同じような選択をして、安心を求めている男性には、美人と一緒になる方が安心なのかもしれませんね。でも、男性も何人かの美人と付き合うと、美人に対する免疫ができて、美人をなんとも思わなくなってしまうのではないでしょうか。

 

 

 

Gucciスーツはどうでしょうか。

 

 

 

生地は少し光沢感が強い気がしますし、シルエットもなんだか襟が細かったり、好き嫌いがある気がします。それは、あえて「バランスを崩して」おしゃれを演出しているのです。目立ちたがりな要素があることは否定できないですね。

 

■例えば、目立ちたがり屋なおしゃれスーツを着ている男性

  ・パーティーでいろいろな人と少し大きめの声で話す

  ・リアクションが少し大きめ

  ・どんなお酒でも飲む

  ・定住している場所が特定しにくい

  ・パッと目を引く女性が好き

  ・代表取締役

 

恋愛における「吊り橋効果」を聞いたことありませんか。

 

吊り橋効果とは、恐怖や不安を一緒に体験した人に恋愛感情を持ちやすくなる心理効果のこと。

 

このバランスを巧みに演出しているのが、「バランスを巧みに崩す」という技、つまりデザインです。

 

美人がデザイン性の強い服を身にまとうと、顔が服に負けてしまい、貧相なイメージを与えてしまいます。

 

デザイン性の強い服を着こなせるのは、そう、「美人ではないけどおしゃれな女性」です。

 

デザイン性が強い服は、巧みにバランスを変えているのですが、顔のバランスも整いすぎているわけではなく、絶妙なバランスというのがあります。

 

そんな女性は、パーティー会場でもそれとなく目立つのです。

 

ビジネスにおいて、ビジネスチャンスに常に目を光らせている会社経営者たちは、そんな女性を見逃すはずはありません。

 

美人はまた会えるかもしれませんが、おしゃれでそれとなく目立つ「華」のある女性に出会えることは、そう何度あるチャンスではありません。

 

 

 

 

バランスを崩すというのは、見た目だけではなく、話し方や、好きな映画、眠る時間、思考の癖など、それは個性としてひとが輝くための大事なこだわりなのではないでしょうか。

あけましておめでとうございます。

 

みなさん、年末年始は実家でゆっくり過ごすつもりが、何かと忙しかったのではないでしょうか。たまに会うから頼まれることたくさん、甥っ子や姪っ子など遊んであげるのに忙しい、家族の揉め事など普段の歪みが現れるなどなど、ゆっくりしている場合ではない人も多いですよね。

 

自分の年末年始はというと、自分の家族と過ごすことが全然なくなってしまいました。NORI(my マザー)とは、ハタチの頃一緒に住まなくなって以来年末年始を一緒に過ごすことはないし、ブラザー(日本パスポートを捨て、カナダパスポートで生きている)は2〜3年に一回遭遇するぐらいの頻度でしか会っていません笑

 

世の中が社会とのつながりを少しの間遮断して、家族という狭い世界をみつめるこのシーズン、自分の時間と心のバランスを取りたいこのシーズン、自分の大切な時間を「だれ」と「どのように」過ごすかをあらためて考えるいい機会なのかもしれないですね。

記憶がある頃から母親を「NORI」と呼んでました。

 

■ファンキーマザー

自分は今41歳ですから、当時はそんな親子はどこにもいなかったんですよ。

普通なら「なんで子供が親を呼びつけにしているんだ?!」みたいな感じで見られはず。

でもまわりの人は、彼女の外見にもっと驚いていたと思います。

 

ティナターナみたいと言ってもわからないと思うので

 ・パーマでボリュームのある髪 

 ・金髪

 ・奇抜な服装

 ・アクセサリーじゃらじゃら

な感じです。

 

そんな外見だから子供には指さされるし、

おばさんもおじさんもジロジロ見てくるし、

「NORI」と呼んでることに違和感はなかったんだと思います。

 

友達も

 ・LGBT

 ・インディアンみたいな日本人

 ・キングオブソウル

 ・リンゴスターとツアー回っているミュージシャン

などなど

 

昔の写真を見ると、

当時小さかった自分を小脇に抱えて、

逆の手にはたばこ

 

■芯の通ったマザー

母子家庭だったので、父親役もやらなくてはならず、

怖くていつも本気でビビってました笑

 

悪いことすれば、電車もすぐに降ろされ説教、

言い訳したり、度が過ぎればひっぱたかれたりしましたよ。

 

怖いだけでなく、タブーなくいろいろな話を真剣にしてくれました。

子供扱いせず、真剣に討論してくれました。

 

そして、つまらない枠にはめず、常に柔軟に考える機会を与えてくれました。

 

■マザーからの価値観

また今度書きますが、親が価値観に対していどれぐらい真摯に向き合ってきたか、

デザイナーとして常に新しく価値あるデザインを出し続けることに向き合ってきたか、

最近のデザイン思考と呼ばれている考え方は、

どれがけ「新しい価値」に「真摯」に向き合っているか、

そしてそれは親から受け継いだ価値観に依存するところが大きいと個人的には思います。