人生で初めて「ブログ」なるものを書きます。



昔から不定期で日記を記すことはあってもブログとして自分の内面を外部に発信するのは初のことです。



まだ違和感が残りますが、次第に慣れていくものだと思っています。



                               



さて、今の僕は深刻な問題に直面しています。



 



なんと本日は僕の記念すべき20歳の誕生日なのです。



まさに今、これまで経験してきたあらゆる誕生日のなかで最も喪失感を感じています。



 



そもそもこのブログを始めた理由というのも、焦りにも似たこの得体の知れない感覚を取り去るためといっても過言ではありません。



一時的でも、何かを始めなければ駄目になってしまう気がしました。



 



今日は僕にとって大きなの変化です。



 



10代から20代への数字的な移動。



二桁目の数字が変わるという革命的な事実を受け入れられません。



 



そして「成人」という呼称。



日本の民法では成人年齢を20歳と定めており、いよいよその年齢に達したわけであります。



 



さしあたり「成人」について手元にあった電子辞書で検索してみると次のようにでました。



 



 



「成人」



   
幼い者が成長すること。また、その人。



   
成年に達すること。また、その人。おとな。 [広辞苑]



 



 



おとな。



おとな、おとな、おとな、、、



 



身体が受け入れない言葉です。



 



もはや少年ではいられないのでしょうか。



今日より生涯成人男性として佇んでいかなければならないのでしょうか。



 



続けておそるおそる「少年」の定義を調べました。



 



 



「少年」



   
年の若い人。わかもの。多く男子という。



   
少年法およびその関係法令では満20歳に満たない者。 [広辞苑]



 



 



自然とため息がでました。客観的にもう少年ではない。



昨日の僕と今日の僕ではおそらく社会からの印象も違う。



「成年」という言葉には甘えが感じられません。



なにやら追い詰められた気分にさえなってきます。



 



 



そんな重苦しい気持ちになっていたとき、1つの単語が思い浮かびました。



「青年」です。



救いを求め意味を調べると、以下の通りでてきました。



 



 



「青年」



青春期の男女。多く、145歳から245歳の男子をいう。わかもの。
[広辞苑]



 



 



これです!



いまだ僕は青春期に生きる青年でした!!!!



これは主観なのですが、主人公の器をもつ者は青春期になんらかのアクションを起こすものです。



未だ何も行動していない自分にとって、青春という枠組みを抜けることは許されないことでした。



 



言葉に踊らされるつもりはありませんが、



こうして精神を少し落ち着かせることに成功できたわけです。