ベートーヴェンのソナタを32曲すべて録音したピアニストは、そう多くはいません。私がよく聴いていたピアニストは、アルフレート・ブレンデル(Alfred Brendel、オーストリア、1931-)です。

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ブレンデルは、ベートーヴェン、シューベルト、モーツァルト、ハイドンなど、ドイツ・オーストリア系の音楽を特に得意としています。派手さや華やかさはないものの、知的で、バランスのとれた演奏です。息子のエイドリアン・ブレンデルはチェリスト(チェロ奏者)で、ベートーヴェンのチェロ・ソナタ全集で共演したこともあります。2008年に引退し、その後は若手音楽家たちの指導にあたっています。

もうひとり、ベートーヴェンと聞いて思い浮かぶ音楽家は、ダニエル・バレンボイム(Daniel Barenboim、アルゼンチン/イスラエル/パレスチナ/スペイン、1942-)です。

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バレンボイムは、7歳でピアノ・リサイタルを開き、20歳で指揮者デビューも果たし、ピアニストと指揮者の二刀流として名声を確固たるものとしました。「ピアノは自分と楽器のみの関係だから、勘が使える。でも、指揮には知識とテクニックが必要で、しかも知識をジェスチャーで伝えなければならない」。そう語るバレンボイムは、ベートーヴェンのピアノ協奏曲を、ピアニストとして、指揮者として、そして弾き振り(ピアノを弾きながら指揮をすること)で2回と、計4回録音しているほか、ピアノ・ソナタ全集は3回にわたって録音しています。

さて、下の写真をご覧ください。

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バレンボイムと写るこの左の人物、どなたかご存知でしょうか? 人文学系や社会科学系の授業で、一度は出てきたことがあるかと思います。正解は、あの『オリエンタリズム』の著者で、文学研究者のエドワード・サイード(Edward Said、1935-2003)です。イスラエル人のバレンボイムと、パレスチナ系アメリカ人のサイード。ふたりは1999年、国家としては対立を続けているイスラエルとアラブ諸国の優秀な若手音楽家を集め、ウェスト=イースタン・ディヴァン管弦楽団(West-Eastern Divan Orchestra)を共同で創設しました。バレンボイムはこう述べています。「オーケストラが平和をもたらすわけではないが、人々の手本になることは可能だ。音楽や音楽以外の発言に耳を傾けることで、平等と尊厳の環境が作り出されていくのだ」と。国連ピース・メッセンジャーとして、音楽を通じて平和の道を模索するバレンボイムは、約200年前にベートーヴェンが掲げていた意志を受け継いでいるのかもしれません。