虐待をする人は、責められるべき人なのだろうか
こどもが小さい時、わたしはよく子どもの前でキレていた。こどものせいで時間通りにすすまないことこどもが言うことを聞かないことこどもがずっと後を付いてきて、自分の時間をとらせてもらえないことそんなことでよく怒っては、怒鳴り散らし怖くて泣き出すこどもに、もっとイライラして、こどもを部屋に残して、外に出て、怒りをおさめようとした。泣き続けるこどもの声玄関の扉をたたき続ける音が響き渡る中でこどもの姿を見たら、何をしでかすかわからない自分が怖くて体全体を使って、玄関の扉を開けられないように必死で外から押さえていた。何分か続いたところで、ようやく我に返り、扉を開けると、大泣きし続けているこどもの姿。こどもに対してこんなことをしてしまう自分への嫌悪感、自分の感情への恐怖とめられない怒りこんなに小さい子、自分の子どもを泣かせる自分に吐き気がする。大切なはずなのに、大切にできない。生まれた時はあんなに愛おしかったのに、かわいいと思えない。どうしたらいいのか、何でいつもこうなるのか泣き疲れて眠るこどもに、謝り続ける日々。謝って反省してるはずなのに、明日こそ穏やかにいい母であろうと心に決めるのにうまくいかない。結局同じような日々が続いていた。そんな時は、自分以上の”いい母”を目指していた。他のお母さんのように、”あれもこれもできる自分”でありたかった。そんなことをする自分を認められなかった。そんなことをする自分が恥ずかしかった。だから、誰にも言えなかった。でもね、言ったらいいと思うんだ。むしろ、言った方がいいと今なら思ってる。人はあなたが思ってるよりずっとやさしいから。あなたがあなた自身のことを責めてるだけで。恥ずかしい、ダメな自分だって、自分に絶望してるだけで。あなたが精一杯頑張ってること、人の方がわかるから。あなたが本当は子どものことを大切で仕方ない、って人の方がわかるから。どんなことを言おうと、どんなことをしようと、誰もあなたのことを責めないよ。こんなことで困ってるこんな風に感じてるそんな今の気持ちを、勇気を振り絞って話してみてほしい。自分の気持ちを話すことが、勇気がいることはよく知ってる。自分のことなんて誰も興味ない。話したって仕方ない、何も解決しない、と思いたくなる気持ちもわかる。わたしは、それができずに生きてたから。でもね、話すことは、放すこと。自分だけで背負う必要なくて自分だけで思い悩んで苦しむ必要ない。話して、放して、生きていこう。