ママの昔話 小学生時代編④ ~親との離別と死別を乗り越えて~
ママです。小学生時代編③からの続きです。母の闘病中、父は一切そのことを知りませんでした。祖母曰く、病床の母に「○○さん(父のこと)呼ぼうか」と言ったけれど、「そんなもの必要ない」と一蹴されたそうです。葬儀が終わった数日後、知らせを受けた父が線香をあげにやってきました。私は母を失った喪失感から、離婚した父にそれまで以上に甘えた態度をとったのですが、祖母はそれを咎め、「しばらくは毎日線香をあげに、また子供の顔を見に来たい」と言った父の申し出を断りました。父は、母が亡くなったからと言って自分が親権をとろうとはせず(※)、私と妹は、そのまま曾祖母と祖父母の下で育てられることとなりました。※10数年後、その理由を父に聞いたところ、「おじいちゃん、おばあちゃんが娘を亡くした上に、孫2人まで僕が引き取ったらかわいそうだったから」と言っていて、本当に何も分かっていないなと、わが親ながら呆れました母が亡くなった後、私には下記の変化がありました。・「お母さん」という言葉を発語できなくなったこれは大学生くらいまで続きました。ストッパーがかかって本当に口に出せなかったです。・母に会いに行くために死にたいと思うようになった母に会いたくて会いたくて1日に何度も考えるのですが、痛いのが嫌すぎて思いとどまる(笑)そして1年くらいたつと死にたいとは思わなくなりました。・勉強をますます頑張るようになった両親のいない子ということで後ろ指さされないようにという祖母の方針で、従来の習い事に英会話や塾が追加されました。とにかくいい成績をとるために頑張りました。・変なプライドを持つようになった私はみんなとは違うという意識が高じて、「自分はみんなよりも多くのことを経験し高次なことを考えている」と自意識過剰になりました。一方、人見知りで私よりも母にべったりだった妹は、小学1年生の時、学校では泣いてばかりいたそうです。母がいないストレスからか、アトピーが悪化し、特にこめかみあたりがかなりただれて痛そうでした。中学・高校生時代編へ続く