そういうふうに画を描けたなら

わたしはここにいない

勉強するために学校に行くことは当たり前だが

それは学びたい意思が前提


あたしが学びたかったことは あまり知られていないこと それでいて今までに私がならわなかったこと

学校で 習った 人間 日本人ではないこと


人はあたしに理由を問う


そこは弱みを見せるんじゃなくって


確固たる覚悟の上で責任と共に何かを守る為に命を懸けて生きている人が一番すごいんだ

そのすごい人になりたいのかって聞かれたらそうではないけれど

でも君はその凄い人だ。
もうすぐなくなる。

今まであったものが

またなくなる。

もうすぐ。


それを、わかっている。
納得しないことはしない。



募金。


私の中学校は、そうやって人助けをするのが大好きだった。

私も、そんな中学校を誇りに思っていた。

ユニセフ募金で100万ほど集めたり、原爆被爆の劇、グリーンベルト、世界。

その学校は、そういった世界に向いていた。

何かしたかったのかもしれない。自分の生きている意味を。人に知ってもらいたかったのかもしれない。

何かすることで、意味を、自分を、形成しようとしていた。

これはこれで、いいのかもしれない。誰かの笑顔が増えるなら。


地球は回る。サイクルがある。


でも私は今募金は出来ない。そんなことするような、たいそうな人間ではない。

普段思い切り電気やガスや石油や水や木、紙、二酸化炭素だって出しているし、これは地球を傷つけていると同時にどこかの国の人たちを傷つけていると学校で習った。

たった小さな、ペニー、それこそ1ドルにしたって、その代償には程遠い。

少しでも、その少しが為になるという。

だけど、根本から問題を解決しないことには、それはほんと気休めにしかすぎない。

それでも何か変わるならと、人は今でも足掻いているけれど、それは私には出来ない。

おまけに、このお金は利子付のお金だ。

働いて自分で稼いだお金で、彼らを助けたいと思ったときに、私は助けたい。

それまでは私は、自分の事で精一杯だ。

私が生き残るために、少しでも自分の為に、精一杯だ。

慈悲なんてもんはない。


人は競争心と、同じものを持つ感覚、安心感と、そしてそれを支える理性で出来ていると昨日識った。


プラス、そこに対比するものがある時、どちらか一方が0になってしまえば、それはそれを成さないとしった。

私が今日募金した金額は0。


矛盾してんなあ。