世の中に絶対、は無いけれど一つだけある

必ず死ぬ、と言う絶対。


久米宏さんも亡くなってしまいましたね……


私が子供の時、若い時に活躍していた人が、1人、また1人と亡くなっていきます。


別に久米さんのファンだったわけでも無いし、

内館牧子さんも、尾崎将司さんも仲代達也さんも、

全然知ってる程度です。


でもね、なんか寂しいんだ😔

ああそうだ、ビョルン・アンドレセンもね……

中学生の頃だったか、「ヴェニスに死す」

の美少年見てうっとりしました。


父の兄弟はもう誰もいませんし、

母の兄弟もあと1人。ホームに入ってしまっています。


子供の頃は、うちは本家だったので、

大勢集まりました。

叔父、叔母、従兄弟たち。大宴会ですよ。

母は大変だったのだけれど、

私は楽しかった。

みんなお酒が大好きで(私は子供だったから飲まない)

お寿司や煮しめをたくさん食べて、

プレゼント交換なんかやったりして。


おばあちゃんの所には、いつも近所の人が来ていました。


動物もたくさん飼っていました。

犬も多頭飼い、ウサギ、ニワトリ、フクロウ、カメ……


私の昔の実家の風景に写っていた人、ペット、

みんなもういません。


あの頃見ていたテレビ番組、もうやっていません。

そこに出演していた人も

みんな亡くなってます。


歳をとるってこう言うこと。

色々な思い出を失うこと。


寂しいです。


大家族に戻りたい。

新たな年を迎えました。

今年もよろしくお願いいたします。


10年くらい前、私のブログ内容は離婚後の恋愛のことばかりだった気がします。

その頃は読むのも中年以降の恋愛ブログでした。


その後今のツレと同居が始まり

同居人は恋愛相手というより家族になりました。


でもお金のない同居人でしたから

私は頑張って仕事をしました。

だんだん恋愛ブログを読まなくなっていきました。

中年以降にお相手を見つける方は

年収も選ぶ条件に入っている方が多く、

贅沢な生活に移行する人のブログを読みたくなかったのかもしれません。

私、心が狭いんで。


7年前に父が亡くなり


5年ほど前から母が認知症を発症。

認知症や介護のブログを読み始めました。

殆ど認知症介護に関するブログばかり読んでました。


母を亡くした今

まだつい介護ブログを多く読んでしまう私。


そろそろ次のターンです。

今年は新しい自分に出会える年にしたいです。

49日と納骨が無事に済みました。

本当の49日まではまだ1週間あります。

それまでは仏さまにはならずに現世をうろうろしているらしいので

まだそばに母がいるということ。

 

弟と二人で金庫を開け、

重要書類と思われるものを確認しましたが、

本当に重要だったのは公正遺言証書2通ぐらいであとは、

どうでもいいものばかり…。

流石母(苦笑)

 

あと、アクセサリー類の整理もしましたが、

昔の人なので、ブローチが多い。

ブローチ使わないなぁ。

どうしよう。

何か良い使い道はありませんか?

遺影の母もブローチつけてます。



売ることが出来るような価値のあるアクセサリーは少なかったのですが、

指輪などは売るよりは若干直して、私が使おうかと思っています。

 

いずれにしても思い出深くて今処分するのは無理ですね…

 

同居人はまとめて「大吉」に持っていけば?

と申しますが、

私の感覚として、ちょっと違う…。

お金にするよりは母の思い出として取っておきたいです…。

 

こんなに急に逝くことないのに。 

最後母は、足が痛くなっちゃったから一緒にご飯も行かなくて

一緒に食べた最後の外食は病院のカフェの

軽食。


もっと優しくしたかった

もっとどこかに連れて行ってあげたかった

もっと美味しいものも食べてほしかった

お花も一緒に見たかった


ママに会いたい

声が聞きたい


実家に帰ると、何もかもが母との思い出に繋がっているし

あちこちに母の文字が残っています。

スーパーに買い物に行っても母が好きだったものにばかり目がいってしまいます。


スマホの写真にも

母の写真がめちゃくちゃいっぱい。

2人で撮ったのもいっぱい。


会いたいです。

亡くなった翌日に、母の古い友人が母の顔を見にきてくれたんです。

私も子供の頃からよく知った人だったので、亡くなったその日に連絡していて……


そしてお話ししてると、

うずらちゃんと話してるとお母さんの若い頃と話してるみたい。歩き方までそっくり。


って言われました。


そりゃもう、子供の頃から母にうりふたつって、言われ続けてました。

でも自分で似てるってあまり思っていなかったの。


ほんとに似てるんだ、って自覚したのは

アプリで自分の顔を老人にしてみた時。

母の顔と区別がつかないくらい同じだった。


だから母は、私の中に生きてるってことなんですね。

太古の昔から、人はそうやって連綿と命を繋いできた。


それでも悲しいさー😭。←沖縄風に

こんな風に体が弱ってるともうどうして良いかわからなくなります。




母と生後2〜3ヶ月の私。

母は私よりずっと色白でした。