WOWOWのドキュメンタリー番組で、伝説の日本人テニスプレーヤー佐藤次郎さんの番組を見ました。




ノンフィクションW ウインブルドンのサムライ ~日本最強プレーヤー 佐藤次郎の悲劇~


http://www.wowow.co.jp/pg/release/001373/index.php




佐藤選手が2年連続でウインブルドンの準決勝に進出し世界3位にランクされたのは1933年。




当時の日本で、どのような時代背景の中でテニスというスポーツが存在したのかに興味がありました。








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以前に日本テニス協会から購入したこの冊子にも、


佐藤次郎さんの事は大きく取り上げられています。








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「ブルドック佐藤」と呼ばれた佐藤次郎選手は、身長は168センチと決して大柄ではありませんでした。




しかし「スプーンをねじってまたもとに戻すことができた」という腕力と、全国大会で優勝するほどの脚力を持っていた佐藤選手は、コートの中を走り回り、時には両足が中に浮く状態でストロークを打っていたそうです。




その表現から頭に浮かぶのは、ナダルのようなフットワークと錦織の「エアK」のような華麗なショット。


実際に世界の舞台で活躍していた実績からも、想像以上の素晴らしい選手だったのだろうということがわかりました。








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この番組を見て、自分にとってはふたつの驚きがありました。




1つは、ウインブルドンでのダブルスの試合映像です。




佐藤、布井ペアは1933年ウインブルドンダブルスの決勝に進出します。その試合での映像が番組で流れたのですが、プレー内容が想像を超えるものでした。


ウッドのラケットでスピード感も今と違いますから、見る前ははっきり言ってプレー内容にはあまり期待をしていませんでした。しかし見て驚きました。ダブルスの試合での並行陣、ボレーの応酬は想像を超えるものでした。


ストロークにしても今と打ち方は違うのですが「このラケットでこんなプレーをするのか」という驚きがありました。






2つ目は、自殺してしまうほどのテニスに対する決意です。




佐藤選手にとってテニスは国の威信をかけた「戦争」だったのです。


いくら個人としてグランドスラムで活躍したとしても、国別対抗戦であるデビスカップでの負けは許されるものではなかったのです。


出場辞退をすることを認めてもらうことができず、デビスカップの試合に向かう船から投身自殺を図った佐藤選手。


「ここで負けても命までとられることはない」のではなく、本当に命をかけて、国の威信を背負って、佐藤選手はテニスをプレーしていたのでした。


今の時代では想像がつかないプレッシャーをかけられた時代。そしてそのプレッシャーに押しつぶされた伝説のテニスプレーヤー佐藤次郎。






佐藤選手は、まさに命がけで努力を重ねてきたからこそ、今の日本テニス界では誰もたどり着くことのできない「世界ランク3位」というところまで登っていくことができたのだと思います。


今「世界を目指す」と言っている選手は、佐藤選手と比べてどれくらいの覚悟を持っているだろうか。そんな事を考えさせられました。





2012/3/5
こんなまとめを作りました。
伝説のテニスプレーヤー 佐藤次郎 - NAVER まとめ