1号線からK250に入り、しばらく歩くと左手に「伊達方一里塚跡」がある。


TOMOの東海道ウォーク
直進が国道1号線、斜め右に入る道が県道250号線



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伊達方一里塚跡。


一里塚を過ぎ、てくてく歩いていると、嵐牛蔵美術館なる建物があった。でもまだ朝早いため開いてない・・

よくわからんこの美術館、機会あったら再訪してみようかな?



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嵐牛蔵美術館。立派な門だった。


まもなく再度国道1号線と合流した辺りで、道路右側を流れる逆川の向こうに神社が見える。

でも、橋がないぞ??どうやって神社に参拝すんだ???



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塩井神社の鳥居とその先を流れる逆川。かつては橋が架かっていた様だが????

増水で橋が流されたままの状態なのか?訳わからん。


国道1号線バイパスの高架をくぐり、ここから県道415号線となる。

道なりに行くと現代の立場とでもいうべきか、「道の駅 掛川」の案内板が見えた。

トイレ休憩も兼ねて寄り道することにした。


TOMOの東海道ウォーク
道の駅掛川の遠景。

地場産の直売店やレストラン、ファミマがあり、利用価値はあるよ。
TOMOの東海道ウォーク

道の駅にあった変な像。撫でるといいことあるらしいので、安全祈願した。


15分くらいここで休憩し、東海道へ戻る。

日坂宿の手前に「事任八幡宮」が右手に見えてきた。ここは名前の通り、願いがことのままにかなうと云う

伝説があるらしい。遠州一ノ宮にもなっていて、格式高い神社のようである。



TOMOの東海道ウォーク TOMOの東海道ウォーク
事任八幡宮の入り口と鳥居。

鳥居をくぐると、神域に入ったという感じが何となくわかった。

すぅ~っと気温が下がったような感じで、マイナスイオン溢れてそうだった。


TOMOの東海道ウォーク TOMOの東海道ウォーク
やはり八幡宮なので応神天皇と神功皇后が祭神なので。玉依姫って?


八幡宮を出て、目の前にある歩道橋を渡り、いよいよ日坂宿に突入。


つづく


パソの調子がメチャ悪くてネットに接続できない日が4日程続いて


しまいました。やっと今日復旧したので、ぼちぼち再開します。

掛川七曲がりを抜け、しばらく行くと逆川を渡る。馬喰橋である。


向って左側には、掛川名物「葛もち」を売る店、「もちや」があり、


もちやの看板の脇には東海道の標柱が建っている。



TOMOの東海道ウォーク

道の反対側には「葛川一里塚跡」がある。



TOMOの東海道ウォーク

馬喰橋の親柱。正にウマヅラ。



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更にひたすら東進して行く。途中にはあまり目ぼしいものが無く、


この様な石碑が建っているのを発見しただけである。



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大頭龍権現と福天権現にまつわる石碑らしい。


TOMOの東海道ウォーク
石碑の説明板。


国道一号線に合流する手前の道の両側に、ヤマハ・モーター・パワー・プロダクツ


(旧創輝)の大きな工場群が見えてくる。程なく本村橋の交差点で一号線に


合流し、しばらく国道一号を歩く事となる。



TOMOの東海道ウォーク
本村橋交差点の手前に標柱発見。


途中、本所歩道橋の手前を斜め右に入る小道がある。これが旧東海道である。



TOMOの東海道ウォーク
ここを斜め右に。


すぐにまた国道に合流し(右手に諏訪神社の森がある)、また斜め右に


分岐するので、斜め右に入る。(東名菊川の表示が目印)県道250号になる。


でわ、次回に続くよ。



掛川宿のアーケード街を通り抜け、次の日坂宿を目指して進むことにする。


仁藤町の信号を東進し、最初の交差点を右折する。車は直進行き止まりとなっている。


目印としては「北原医院」が道路右側の交差点付近に建っている。


するとすぐ、信号のない交差点に差し掛かる。右角に「ヤマザキショップ」がある。ここを左折。



TOMOの東海道ウォーク
ここを左へ曲がる


道なりに行くと、小さな交差点の左角に「東海道七曲がり」と書いた看板が小さく表示


してあるので、少し気をつけながら歩くといいんじゃないかと思います。ここを看板に


従い右折する。ここからがいわゆる「掛川七曲がり」となる。



TOMOの東海道ウォーク
東海道七曲がり入口の看板。塩の道もここを曲がるようだ。



TOMOの東海道ウォーク
上の写真をあっぷで。


七曲がりに突入し、程なく「掛川宿東番所跡」があった。ここがかつて掛川宿の


東の入り口だったようだ。



TOMOの東海道ウォーク


TOMOの東海道ウォーク

説明板を読むと、番所の役割と、何故わざわざ街道をクネクネ曲げて通り抜け


しにくくしたのか一目瞭然ですね。掛川城下に敵が容易に侵入できないように


ワザと道を曲げたんですね。丁度この番所跡の所が小さくクランクしています。



TOMOの東海道ウォーク

塩の道の標識を発見。大池橋からずっと東海道と重複しているんですね。


TOMOの東海道ウォーク
わかりづらいかもしれないけど、手前の塩の道標識と奥の東番所跡の標識の間がずれてます。


さぁ進むことにします。正面にアパートがあり、道が直角に左折しているので、道なりに左折します。


曲がってすぐ、東海道と塩の道が分岐する小さな交差点があります。ここも


注意して見ないと、絶対見落としてしまいそうな小さい表示があります。



TOMOの東海道ウォーク
一方通行の標識の下に、「秋葉道・塩の道右矢印」と小さく表示が。江戸から来たら絶対わからんな・・・


写真の左奥の方に製茶工場が見えますね。これが「カネモ製茶」です。



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カネモ製茶工場


この製茶工場前を道なりに左折するのですが、門の前にかわいい物が・・・



TOMOの東海道ウォーク
駐禁ハチ公だって。かわいいぜ・・


製茶工場のとこを曲がってすぐ道路左側に秋葉山の常夜灯が建ってます。ここを右折します。


程なく次の交差点の右角に学習塾が建っているので、この交差点を左折します。



TOMOの東海道ウォーク
これは江戸側から写した写真です。交差点の右側から歩いて来て撮影しました。


そして次のT字交差点を右に曲がると、七曲がりを抜け、また東海道は直線になります。



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七曲がり江戸側入り口。入口左角に「兼子酒店」の看板と、道路右側カーブミラーの所にある七曲がりの看板が目印。



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カーブミラーの所をあっぷで。京都側と同じく七曲がりの看板が建っている。江戸から来る人はこれが目印です。


やっと掛川宿を抜けました。次回は葛川一里塚から紹介します。






旧東海道を少し北に外れると、東海の名城と謳われた掛川城が聳え建っている。


室町時代の中頃に築城され、後に徳川家康がこの城を手に入れ、武田信玄、勝頼


親子と遠州地方の覇権を争った前衛基地となった。ずっと家康の所有する城だったが、


家康が関東に移った時、山内一豊が掛川城主として禄高約6万石で入場し、


現在の掛川の基礎を築いたそうである。後に関ヶ原の戦いで東軍に参戦した


一豊は、その功績を認められ、約4倍増の24万石の大名として土佐(現高知県)


一国を与えられ、高知城に移って行った。その後は譜代大名が治め、幕末を


迎えるが、安政の東海地震で建造物が倒壊してしまい、天守閣は再建されないまま


廃城となって、大手門等が売り払われたそうだ。現在建っている大手門は再建されたもので、


しかも元の位置から50m程北にずれているそうです。元々の大手門は現在袋井市にある


油山寺の山門になってます。その他、「掛川宿3」で紹介した蕗の門等、城から離れた場所に


遺構が残っています。



TOMOの東海道ウォーク
掛川城大手門。どっしりした作りの門です。



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大手門の裏にある番所。役人の詰め所だったようだ。


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掛川城天守閣と三日月堀



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同天守閣。正面から望む



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掛川城四足門(よつあしもん)


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四足門と太鼓櫓


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掛川城二の丸御殿。江戸時代から残る唯一の建物。



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掛川城の全景のジオラマ。江戸時代はこの様な城郭だったらしいね。


さて、旧東海道に戻り江戸を目指すことにしよう。


次回は掛川七曲がりを紹介します。



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