やんちゃな幼少期だった。

自転車で林の中を走り回り、くたくたになるまで外で遊んだ。

家に帰ると、ご飯も食べずに寝た。


ある日のこと、そんなやんちゃなでも幼稚園で高熱で寝込んでしまった。

母はパートに出ており迎えに行けないとのことで、近くに住む伯母さんが迎えに来てくれることになった。

伯母さんに看病してもらった。

「おばちゃん、僕、死んじゃうよ~死んじゃうよ~」と何度も唸った。

「大丈夫。絶対死なない。」と微笑みながら言ってくれた伯母さん。

子供ながらにして本当に辛かったのを今も鮮明に覚えている。


小学生になっても伯母さんの家に遊びに行った。

いつも美味しい手料理をご馳走してくれた。

両親から禁止されていたエアーガン。

伯母さんのお家に内緒で保管してもらったり。

たくさんの思い出がある。


あれから30年ぐらい経った。

伯母さんは幾度か体調を崩し入院をした。

一番近しい親戚の伯母さんが心配だった。

うちの母も病弱でよく寝込むが入院するまでのことは無かった。

そんな伯母さんだが、気丈で冗談言って周りをなごませた。


ある日、大学の同級性2人と湯河原に行った。

それは楽しい時間だった。

30代のおっさん3人が少年のように海ではしゃいだ。

夜は露天風呂に入り、友達と会話を楽しんだ。

海鮮料理や鍋。友人と食べる料理は特別に美味しく感じた。

友人との思い出を残そうとビデオに撮った。

編集しDVDに焼いて配った。

一緒に過ごした時間が絶対に良い思い出になると思った。


家に帰ろうかとホテルを出た。

湯河原の駅に行く道中で私の携帯電話が鳴った。

それは母親からだった。

伯母さんの具合が相当悪いから早く帰って来てほしいとのことだった。

胸がズキンと痛んだ。

そして頭にトンカチで叩かれたような衝撃。

早く帰って伯母さんに会いたいと願う。

焦燥感だけが増す。


やっと地元についた。3時間後のことだ。

伯母さんが居る病院へ直行した。

伯母さんはやせ細って肌の色が黄色くなっていた・・・

私は、伯母さんの手を握りながら「おばちゃん、大丈夫?」と何度も話しかけた。

伯母さんはあまり意識がなく返事がなかった。

伯母さんの目には涙。


数時間後、状態が悪化。

「あ~痛い。あ~痛い。」と伯母さんが言い続ける。

そのうち、「熱い。焼ける。」ともがき続ける。

焼き付くように痛いのだろう。

そんな辛そうにしている伯母さんを見てられなくなった。

伯母さんの旦那さんも見てられず医師に相談。

モルヒネを少しずつ増やす。

伯母さんは少しずつ静かになり意識が無くなって行く。

「おばちゃん、がんばって!がんばって!」と私は伯母さんの手を握り話けた。

伯母さんは私の手を少し握り、うんと頷いた。

私の言葉が、伯母ちゃんに届いた!

それから直ぐ危篤状態になり眠ってしまった。

数時間後、伯母さんは先に天国に行ってしまった。


今でも覚えている。

伯母さんの手。最後にうんと頷いたこと。

最後に私の言葉を聞いてくれた。


「おばちゃん、ありがとう!私のこと可愛がってくれてありがとう。」

「また天国で会おうね」