僕のココロが落ち着かなかった。

 

妻は、裏切る側だから、準備も心構えもあるし、素敵な未来が見えているから、僕を卒業する。

 

僕は、裏切られる側だから、準備も出来てなかったし、妻との未来に向かってたわけだし、自信も失った。

 

そんな感じだったが、「卒婚」という意識の中で、妻とのズレを見つけた。

 

妻は僕に気を使って、恋人が絡む日常を話さなくなった。

妻の日常は恋人と共にある。

そうなると、妻は僕に日常のことなど話せなくなっていた。

 

僕は、妻とその恋人との関係も、ちょ~頑張って受け入れて、応援もしている。

なのに、妻は話さない。

 

これでは、ただの不倫だし、浮気だし。。。って話した。

気遣いを間違っている。

 

妻がそういう秘め事を持つと、僕はまた耐えなくてはならないし、どこにも行けないし、そういう「卒婚」を受け入れたわけではない。

 

 

少し前、妻が、「私の心配はしないでいいよ。心配するってことはそういう現実をひきよせちゃうしね」と言った。

僕もそう思う。

だから、心配を表に出さず、応援に切り替えることにした。

 

 

それと同じだよ。

内緒にしなくていいよ。

君らしくあって欲しい。

僕の存在で君らしさを壊してしまうのなら消えた方がいい。

僕はそういう「卒婚」を求めていない。

僕たちの「卒婚」はそういうことじゃないでしょう。

不倫しないで。内緒にしないで。トラウマ的に凹んでしまう。

 

 

こういったことを伝えた。

 

 

妻のフェイスブックやインスタの更新頻度が最近落ちていた。

聞いてみた。

 

「更新頻度が落ちたのは、僕のせいかい?」

 

妻は

 

「うん。でも せい ではない」

 

と答えた。

 

 

まったく。。。

 

 

妻とのズレを話し合ったあと、妻はちゃんと自分らしくフェイスブックとインスタを更新してた。

(仲間として、恋人も登場してたw)

 

 

それでいい。

 

 

なんとなく、波動が合わないと最近感じていた。

僕は、それが嫌で、いろんな角度でコミュニケーションを図ってたが、、、うまくいかなかった。

 

多分、ズレが原因だったのかと思う。

 

 

この先、「お互い」に良い感じなればいいと思う。

 

 

「卒婚」は、安定しないね。

 

 

試行錯誤はまだまだ続くけど、人は変化する。いや、人のココロは変化するもの。

同じ方向を見なくなった僕たちの心の変化はどこにいくかわからない。

 

 

その都度、うまくやるよ。

 

 

 

 

 

 

 

 



あれから、幾日も立ちました。

妻とは離れ離れになりました。

僕が単身赴任です。

卒婚でありながら、別居です。


端的に「別居」ですね。


妻は恋人と仲良くやってる。

僕は一人暮らし。




一人暮らしで一ヶ月が過ぎました。

孤独と自由を感じています。


孤独感はすごかったです。

結局何をするにしても、妻の視界には僕がいない。

したことない料理や、自分磨きを伝えても、結局そこからの未来はない。

なんていうか、、、何をするにしても虚しさだけがずっと根底にありました。


愛情はあるのかもしれないが、妻の「愛」は僕に向いていない。


そんな孤独感。




自由もすごく感じた。

とても戸惑った一ヶ月。

これまで、僕は、妻のしたいことをさせたかった。

妻の喜びが僕の喜びと思ってた。

そんな僕に、自主性は無かった。

いきなり自由な環境に放り込まれると、何をしていいのかわからなかった。

でも、無理矢理にでも、楽しみながら過ごしてみた。

幸い、お金にも若干だが余裕もあったし。


自由、、、自分のためだけの生活、、、楽しいね。

難しかったけど、楽しい。

そして、これまでの妻にも感謝できた。


すべての行動に責任が伴う。大げさでもない。

しなかった掃除が、次の日の気分に直結するし、夕方になると献立を考える。

買い物のし忘れもまた難しさを教えてくれる。

妻は、それをちゃんとやっていたのだ。


後悔はたくさんある。そして増えていってる。

多分しばらくは、増え続けるだろう。


でも、その都度手放し、顔だけはあげて生きていく。




妻とは、連絡は取り合っている。

その中で、相変わらず、無意識に僕を傷つけてくる。

傷だらけの僕。

まぁ、でも、傷は癒える。

多分しばらくは、妻は僕を無意識に傷つけ、僕はその都度、治療に入る。




この一ヶ月いろいろあった。気持ちの動きが凄かった。

それを書き連ねていけばよかったのだが、、、なかなかそうもいかなかった。




今思う。




「妻は妻だ」




僕たちは、どんな形であれば、夫婦なのだ。


離婚に向かっている?

未来に向かっている?


そんなのはわからない。

わからなくていい。


今の僕たちが、その未来を作り上げていく。

ワクワクする方に進めばいい。




やっとここまでたどり着いた。

頭と心がつながった感じ。




妻と僕は、夫婦なのだ。




それで良いし、それ以外に何がある?




やっと、やっと、眠れそうだよ。




 

例えば、僕が不倫をして、「卒婚」を提案していたら、却下だろう。

 

妻もそう言っていたし、僕自身も耐えられないと思う。

 

なんていうか、「ズルい」という自己嫌悪が付きまとうと思う。

 

 

でも、妻はそうではない。

 

 

妻は、僕が今でも妻を愛しているのを知っている。

 

僕と「卒婚」という形の理由付けで、一緒にいてくれていると思う。

 

妻はそうはっきりは言わないが、、、

 

そう思っていたというのが正しいかな。

 

 

妻は何度か言った、僕との関係は切りたくない。という意思。

 

最初に聞いた時には「都合よくない?」って思ったけど、今では本当にそう思っているのだろうと感じる。

 

 

経済的な面だけではないと感じる。

 

 

体よく騙されているのか、、、って考えることもあるが、実際に、妻と二人きりでいる時間は豊かで幸せを感じる。

 

そこに、「愛」が無くても、、、恋愛的な「愛」が無くても、、、

 

 

その反面で、ひとりになると、凹む。。。いまだに凹む。。。多分この凹みとは、付き合い続けるんだろう。

 

僕に、新たな恋人ができまるではね。

 

 

今日が最後の夜。

 

引っ越し前夜だ。

 

引っ越しと言っても、家族サイズの家から、妻がこれから暮らす家への引っ越し。

 

僕自身はもう少し後に旅立つ。

 

 

 

これまで、過ごした家。

 

子供たちの青春期を過ごした家。

 

僕たち夫婦に愛があふれ、愛がすたれた家。

 

 

 

最後の晩餐として、お寿司を買って食べた。

 

 

 

妻は、恋人とお出かけ中。

 

 

 

僕は、ひとりで最後の晩餐を、、、

 

 

 

これでいい。って、笑ったよ。

 

 

 

まぁこうなるよねって、家と会話をした。

 

 

 

妻は、とことん未来しか見ていない。

 

過去を振り返らないを体現している。

 

【Day 1】以前からそうだった。

 

多分、そうなったからこそ、新しい恋が芽生えたのだろう。

 

その頃の僕は、地中深いところで、浅い底なし沼でもがいてた。

 

 

 

妻には、今のままでいてほしい。

 

僕も、明るい未来にワクワクする位置まではたどり着いた。

 

まだ、過去を大事にしてしまうが、、、過去は思い出として残して、目線は未来に向けねば。

 

 

 

 

そう思う。

 

 

 

 

そんな日でした。

 

 

 

 

 

相手を憎むことができない場合、こんな感じになっていくと思うよ。

 

 

 

 

 

正解は、ありません。

 

 

 

僕達は「離婚」を前提に「卒婚」状態を続けている。

「卒婚」は、結婚生活の新しい形だと思っていた。

そうなのかもしれない。

「卒婚」は人それぞれ。いや、「結婚」は人それぞれ。


僕たちの「卒婚」は結局のところ通過点なのだ。


会話はとても大事だった。そして今も大事。


他人と他人なのだ。会話での意思疎通が大事。

そこに「愛」や「恋」があれば、会話なんていらないって言えるが、僕たちの関係性はそうではない。


寝取られ夫と不倫を成就した妻。


妻は自由人。常に前向き。ネガティブは受け付けない。
懐かしい話もあまり好んでいない。。。いや、僕の未練が1mmもあれば、、、眉をしかめる。
僕が悲しい顔をしたり、哀しい息をすると、とても遠くに行ってしまう。気持ちがね。
その逆に、、、
前向きな話をすると、応援モードになる。

なんていうか、、、もう「妻」ではない感覚に見舞われる。


妻は去年の11月頃からそういう風に変化し、今年の2月に変化を終え、僕たちの結婚生活の卒業を決めた。


【Day 1】は、6/12


ふたりで、「卒婚」を選択した。


その頃の「卒婚」が、今のこの状況を目指していたか、、、違う。

こんな風になるために、僕は「卒婚」を承諾したわけではなかった。

妻もまた、「卒婚」を選択した後の関係性を創造してたわけではない。


僕が思うに、妻は消去法だったんだと思う。

「離婚」「別居」「週末婚」、、、

もしくは、「卒業」という言葉に酔っていたのかもしれない。


それでいい。


6/12から、「卒婚」の定義ですれ違い始まった。


すれ違うはず。


僕は恋心が残っているし、妻は、、、どう思っていたのか、、、言葉にできない。

ただ、僕との繋がりは切りたくないけど、不倫男とは恋をしていたい。


すれ違いの修正は僕がした。僕の気持ちを調整した。


それでいい。


妻は自由人。

僕はそれを大事にしたい。


妻を憎むことなんてしたくない。

23年間の結婚生活、26年間の恋愛生活を悔みたくない。




妻もわかっている。

愚痴みたいに書いたが、妻もわかっている。

会話を重ねた結果だ。




今、僕たちはそれぞれ違う「自立」に向かって進んでいる。


僕の「自立」は、妻への依存、未練からの脱却。

妻の「自立」は、経済的自立。



僕たちは、あと10日で、「別居」状態となる。



僕は、福岡へ単身赴任。

妻は、ひとり住まいできる家へ引っ越し。



僕は妻へ、お金は送らない。

僕は妻の「自立」を支援するのだ。

妻が助けを求めるのは、僕ではない。恋人なのだ。

「卒婚」を決め、単身赴任が決まったときは、まだ、家賃や生活費の共有を考えた。

でも、時間が経つにつれ、妻の「卒婚」が見えてきた。

「円満離婚」

もう、僕も、納得です。



最初から「離婚」を前提するなら、慰謝料を請求したかもしれない。

でも、妻の前向きな気持ち、笑顔、自由さ、僕の想いなどで、、、今、こうなった。



「卒婚」は、「円満離婚」に向けて、進んでいます。



僕に恋人が出来た時、離婚となるかも。

今「離婚」しないのは、、、気持ちではなく、、、制度的に面倒を先送りするため。





妻は、ほぼ毎日、恋人に会いに行ってる。

妻は、ほぼ毎日、僕と素敵な朝ごはんを食べている。






妻はモテモテです 笑






あと10日で、「別居」


僕は、ちゃんと「さよなら」を言えるだろうか。


残りの10日間 240時間 大切する。






そんな、今日の気持ちです。






「卒婚」を考えている方。

僕の「卒婚」はこういう感じです。

参考になればと思います。



不倫された夫さま
不倫された妻さま

今でも、不倫男と別れさせ、慰謝料たんまり取って、、、なんて考えることもあります。
でも、妻は幸せになりません。
多分、僕も幸せを感じることはできないと思います。

いっぱいいっぱい、ネガティブを捨てました。
いろんなものを失いました。
たくさんたくさん、傷つきました。

それでも、みんなが、僕が、幸せであることが大事だと思います。

なんていうか、、、哀しい歌をこれからも哀しく聞きたいのなら、愛のある離婚をお勧めします。




これが、今日の気持ちです。

(3日前は違いましたが、、、)




ではでは。








 



地獄に落ちればいい。
みんな巻き込んで、軽蔑され続ける人生になればいい。
自分だけ、最初は相手もいるかも知れない。二人だけで肩身狭くして、法的にも責められれ続け、貧困のまま生きればいい。
類を呼んで、そんなコミュニティーで傷をなめ合えばいい。
そんな人は、上の世界になんかいけるわけない。

両親からは勘当され、幻滅され、謝罪しながら生き続け、
兄弟からは軽蔑され、排除され、いなかったことにされ、
友達は、表面的な付き合いだけで、目の笑わない笑顔に包まれ、
子どもたちからは、いやらしい女とみられ、
義理の娘からは、汚いものと扱われ、
世間から、そんな人と認識され、そんな目で見られていると思いながら過ごして、
常に俺の影に怯えて、、、
そんな状態で、彼とのひとときの幸せを過ごせばいい。


ここまでは、余裕で考えた。
それだけの裏切りなのだから、当然で、一般常識だと思う。
僕だけが特別じゃない。
裏切られた側の余裕な感情だ。

謝罪があれば、ゴールは見える。
僕自身を考えてくれてるし、ないがしろではない。でも、、、

「謝らない」
「別れない」

僕はどこに感情を持っていけばいい。
静かに分かれるなんて出来るわけがない。
冒頭の感情が湧き出てくるのは当たり前の話。


なんども深呼吸した。
なんどもなんども深呼吸した。


叫びたくなる衝動は、吐くことで抑える。


ちょっとだけ出てきた「落ち着き」にしがみつき、
どこでこんな風になったかに思考をすり替える。


隠し続けていたのは、4ヶ月。
僕がなにか怪しいと感じてから、発覚するまで、1週間。


隠す気が無いくらいに過ごす妻。
せめて、機嫌よくしていればいいものの、僕の弱っている状態にムチを打つ感じで不機嫌。
いつもの行動がぜんぜん違う。
鈍かった僕でも気づくくらい。
夜の営みはあったが、楽しくなかった。
僕もマンネリに甘えたし、妻はまったくもって主体的ではなくそれでいて僕のせいにする。
スマホのロックだってしていないに等しい。
本当の仮面夫婦な感じだと感じた。


妻の上からの言葉。
舐められてるし、
勝手にすればいい的で
どうでもいいという感じ。
もう底辺の扱い。
ただの金づるなんだろう。


どこからなのか、、、いくつもいくつもきっかけはある。
僕の弱さだ。
妻が何も言わないから、仕事で2週間帰らないというのを普通にやっていたし、
夜は夜で0時付近帰宅。
遊んではいなかった。それは妻も知っている。
仕事に飲み込まれていた。
会社で「今日は帰ります」の一言も言えずに、身勝手な責任感で仕事をしていた。
優先順位のトップは家庭なのに、、、、


そんな僕に嫌気が指したのか、外からの刺激に負けたのか、、、、


まぁそんなところだと思った。
(今は、違うと思っているが)


そして、どんどんと気持ちが落ち着いていく。


僕が冒頭のような復讐心を燃やしたところで、誰が幸せになるのか。
僕自信も幸せにはなれないし、多分、誰も天国には行けない。


ここまで来ると、楽観的で前向きな僕も顔を出す。


本当はどうしたい。
恋人ができた妻を今でも愛している。うん。愛している。
80年一緒にいると思えたから結婚した。
今でも思える。
あの笑顔が見られるなら、なんだってする。
命だって余裕でかけられる。
これくらいのことで、それは、揺るがないべ。


ということで、目指すゴールが見えてきた。


頭で理解はできたと思う。
心が着いていくかが問題だけど。


これが、話し合い3日目の夜中の4時間でした。


あれから、45日経過です。
今は、復讐心的な黒い感情は、8%くらいになりました。

妻の笑顔が愛おしいと思います。
幸せな時間も少ないですが過ごせています。

妙な感じですが、「会話」がここに運んでくれました。


この日も、ものすごい勢いで落ちて、とてつもない速さで立ち上がった。
でも、まぁ、まだまだ気持ちの上下は続きます。


PS.
※自分で「地獄」とかを書いてて嫌気が指しますが、当時はもっとひどいことも思いました。
※嫌気の指す言葉は使わないようにしますが、今回の記事には必要な言葉でした。
※気を悪くする方がいらっしゃいましたら、申し訳ございません。

 

※随分前に書いておいた記事です。感覚的に今かなと思い掲載しました。

※当時の想いを、「オブラート」に包んで書きました。







 

結局、過去に描いてた、これからの未来が無くなったという事になる。

 

これは、だれでも理解できるし、共感できると思うし、怖いと思うでしょう。

 

「描いてた」とかっこよく言ってみたが、正しくは、なぁなぁの延長線なのかもしれない。

 

子供たちが巣立ち、仕事も余裕が出て、家庭での時間が増えた時に、ああしよう、こうしようくらいの「描き方」

 

明確でもなく、出来たらいいなぁ程度の想い。

 

叶うわけもないだろう。

 

でも、未来が無くなったのは変わりない。

 

 

失って気づくものがとてつもなく大きい。

 

 

だからと言って、自分の未来がなくなったわけじゃない。

 

 

切り替える。

 

 

そうして、切り替えてきた。

 

 

毎日、毎日、調整しながら切り替えてきた。

 

 

切り替えるたびに、妻への未練がなくなり、妻への愛情も薄くなっていく。

 

 

これも、怖い。

 

 

妻が他人と同じになってしまうのが怖い。

 

 

でも、そうしないと、切り替えられなかった。

 

 

僕達は、「離婚」に向かっているのだろうか。

 

 

 

 

一緒に過ごす時間はある。

 

とても短い時間。

 

朝の40分くらいと、夜の1時間くらい。

 

それでも、その時間だけは、幸せを感じられる。とても豊かな時間。

 

そういう風に、なれた僕たちの「卒婚」は良かったのかなと思う。

 

 

 

短い時間の中で、嫉妬やひがみを持っていると、だれも幸せにならないし、そんなのは目指してなかった。

 

やっぱり、僕は、妻を愛している。

 

愛のカタチは変化するが、妻との未来、、、今の妻との未来も考え、細く微笑むこともできる。

 

 

 

なかなか、理解されないのかなとも思うよ。

 

 

 

それでもいいのさ。

 

 

 

僕達の「卒婚」なのだから。

 

 

 

 

 

男とは、何かと「定義」しがち。

レールを敷かないと、立ち位置がわからなくなるのか、
迷った時のための保険なのか、
なにかあった時のための責任転嫁なのか、

世界は、自由意思のになりつつあるのに、自由を制限したがる。


「僕たちの夫婦の形とは」


3日前に、投げ捨てる形で聞いた。
その問いに、妻は恐ろしく時間をかけ、「わからない」と言った。
3日が経過し、再び、世間話風に聞いてみた。


妻は
「わからない。けど、今の状態が続けば良いなとは思う。」

僕は
「うん。それが答えだね。今の答え。」


言葉や文章にはできないけど、僕たち夫婦の感覚でわかる。


だから、人様には説明しきれない。


理解を求めようとは思ってないけど、説明もできない。


感覚的な話し。


僕たち夫婦にしかわからないだろう。


それでいい。



この答えが出た後、久しぶりに夜中の2時間、会話をした。

心地よく、豊かな時間。



「寝取られ夫」と「不倫を成就した妻」という異色の夫婦。



面白い話だ。

気遣いや思いやりは、自然に出来るものではない。
自然に出来るのが一番良いけど、でも多分そうじゃない。

プレゼントをもらった時の嬉しさとは、プレゼントそのものではなくて、そのプレゼントを用意してくれた行為に対する嬉しさ。

気遣いも思いやりも同じ。

相手を思うことで、自然と出てくる。

だから、言葉は良くないが「どうでもいい」人に対しては、気遣いや思いやりなど生まれない。
それでも、人が自然と身についている気遣いや思いやりはにじみ出てくる。


日常が、その人を作る。


日常的に気遣い、思いやりを心がけていれば、そういう人になる。
「どうでもいい」と思うような人にも、自然に気遣う。思いやる。


夫婦ってのは思いやりが大事。
思いやりのすれ違いはあるかもしれないが、夫婦で入れば、そのすれ違いにも気付ける。


思いやりですよ。


憎しみには、自分の人生にいい影響なんてあるわけない。
でも、憎しみは出てくる。しょうがない。


「自分さえ良ければいい。」

言い方を変えよう。

「自分のやりたいことをやる。」


どんな解釈でも良い。


自分の人生なのだ。


「誰かを落として幸せになる」っていう人生を選択したのなら、そうしてみればいい。

「自分のやりたいことが、誰かと共に幸せになる」なのであれば、そうすべきだ。


僕は、「自分の半径10mくらいは、みんな笑顔で」って思っている。


今は「卒婚」


妻はそろそろこの「半径10m」から出ていく感じ。


それでいいと思ってる。


「自立しなさい」



 

僕はひとりだ。

って、勝手に、自動的に、かまってちゃんになることが増えた。

「かまってよ」的に、アウトプットされた瞬間に、気づく。

勝手な思い込み。

みんなちゃんとかまってくれている。



僕の好きな言葉のひとつ

「人は、ひとりで生きられるわけがない」

なんとなく言い回しが好きだ。



感謝して生きよう。


こんな状況になっても、こういう心持ちでいられることに、感謝。



寝る前に、妻に聞いた「俺たち夫婦でしょ」


この問にいたるまでに、喧嘩みたいなことがあった。


そして僕は聞いた。


「俺たち夫婦でしょ」




「卒婚」は、夫婦なのだ。



朝になって、一緒に朝ごはん食べた。

妻は、ものすごく考えたらしい。

とても攻撃的な顔で、黙っていた。

僕の嫌いな顔だ。

そんな顔なんてしてほしくない。

僕がそういう顔にしてしまったんだと思った。



妻が何を考えているのかわからなかった。


やっぱり「離婚」しよう。
でも、生活できなくなる。
彼にも迷惑がかかる。
慰謝料も言われるかも。
彼にも迷惑かかる。
でも、このまま、この人と一緒にいても何も生まれない。
我慢、我慢、我慢、、、


妻の表情をみると、こんなことを考えているのかな、、、思ったりした。


妻に聞いた。


「何を考えているの」


妻は


「わからない。たくさんあって、わからない」


という。


たくさん???
僕にはよくわからない。
僕は、もう少しだけ踏み込んだ。


「たくさんのうち、例えばひとつはなに」


妻は、


「わたし達の場合の夫婦ってなんなんだろう」


そういって、妻は、少しだけ攻撃的な雰囲気をやめて、また黙り込んだ。


そのうち、「ごめん。無理。少し寝る」と目頭を抑えながら言って、横になった。




それから、、、2時間半。


僕は、読書したり、ブログを確認したり、、、


妻は目覚めたら、すっきりしてた。




なにか答えは出たのか聞いてみたら、「わからない」と言った。


でも、すっきりしたらしい。


僕は、胸をなでおろした。


笑顔が少し戻った。


どんな状態であれ、僕は妻の笑顔が好きなのだ。




でも「俺たち夫婦って何?」の妻の考えも聞きたかった。

今のところの妻の答えは、「わからない」

これでいい。今はこれでいい。




僕「よく寝たね。2時間半だよ。」


妻「うん。現実逃避」




逃げるのは○○だが、役には立つのだ 笑





 

会話は大事と言い続けてるけど、気持ちが追いつかないこともある。

頭では理想に進もうとするけど、ココロが追いつかない。

感情を吐き出すと汚い言葉や度の過ぎた言葉、思ってもいない言葉が出てきそうだから、一旦落ち着く。

深呼吸。

それでもだめなら、逃亡だ。

喧嘩もしたくないし、僕を愛していない人に、いくら「わかってよ」と想いをぶつけても届かないのだ。

だったら、会話にもならない。

感情を想いのままの言葉では伝わらない。

だから、落ち着いて、ゴールを見定め、妻の笑顔を失くさぬよう伝えないとならない。

そういう卒婚でもある。

妻は妻なりの努力をしてるかも知れないが、僕も努力をしている。

努力って言っても、嫌なものでもない。
できるだけココロに従う。

嫉妬やヒガミや復讐とか凹ませるとか、そういうのがゴールではない。

愛は繋がっていなくても、夫婦なのだ。
思いやりと気遣い、応援、称賛、とかとか、そういうのが日常の家族なのだ。

だから、ココロに従い、思いやりで会話をする。

それが出来ないくらいに激昂なら、逃げる。
場所を変え、時間の力を借りて、落ち着くのだ。

そうすれば、細い繋がりは、維持できる。


なんか、ギリギリ感溢れる「卒婚」だね。

でもね、笑顔や幸せは、あるのよ。
これまでとは違うけど、深い幸せはある。

豊かです。



まだ強がり部分もあるけど、幸せはある。