さて、兼ねてから私が目標としていた、一般の保護者対象の講話会(仮題「子供に健全な一生を贈る子育ての基本〜我が子を将来、引きこもり、貧困、虐待、各依存症他に陥らせないために〜」)。その際のプレゼンテーション資料がようやく完成段階まで来ました。
 その最後の段階になって、半世紀以上も臨床に携わり続けた児童青年精神医学界のレジェンドが書いた以下の名著に出会いました。


 佐々木氏は、この本が出版される直前に81歳で他界していらっしゃいますが、その文章は、まるで女性が書いたかのような愛に溢れた温かなものでした。

 佐々木氏は、著書の冒頭で次のように述べています。
《子供が健全な社会的存在として育つには、家庭の内外の環境に、「母性」的なものと「父性」的なもの、両方が必要と言うことには異論がないでしょう。母性的、父性的としたのは、一人親の家庭でも、母親や父親がその両面を子供に与えることができ、健全に育児をすることが可能だからです。そして、この両面性が本当に大切だということは、子供の精神医学や精神保健の臨床半世紀近くずっとやってきた今、改めて深く実感せずにはいられません。両親が揃っていても、母性と父性が子供の心に届いてなければ、健全に育ちません。子供が心を病む時、背景に豊かな母性と父性に恵まれることがなかったことが、ほとんどの場合確認できます。》

 つまり、佐々木氏は、子育てにおいては母性と父性の両方の働きが重要であることをハッキリと指摘しているのです。
 因みに佐々木氏は母性と父性の違いについて「子供の言うことや気持ちをよく聞いてやるのが母性、こちらの言うことをよく聞く子供にするのが父性」。この母性については“子どもの受容”として容易に理解できますが、一方父性の「こちらの言うことをよく聞くようにする」と言うのは、“大人社会への適応”を意味していると思います。
 さて、世の中には、父親の方が立場が強かったり、逆に母親の方が立場が強かったりする場合があるようですが、この佐々木氏の指摘を考えると、改めて、互いを蔑ろにすることなく尊重し合うことが大切であることが分かります。

 私がこれまで、母性と不正の大切さに着目して、「安心7支援」や「見守り4支援」を提案してきたのは、以下の2つの観点から、「愛着不全の背景には、父母両性の役割の不足があると考えられる」と推論したことによるもので、決して専門家が指摘していたことではありませんでした。
①二大愛着不全症状の「回避型」愛着不全と「不安型」愛着不全のそれぞれの要因
(「回避型」が“愛情不足”という子どもを受容する母性の欠如、「不安型」が“愛情過多”という子どもを見守る父性の欠如)
②愛着不全が日本に生まれた歴史的な背景
(・「保育所利用の増加」と「映像メディアの普及」という母性の働きの欠如によって「回避型」の子どもが急増したこと。
・核家族化に伴う父親の不在という父性の働きの欠如によって、母親一人に子育てが押しつけられ、結果的に母親が精神不安定状態に陥り、褒める時と叱る時との両極端な子育てをすることで「不安型」の子どもが増加していったこと)

 言ってみれば、その“推論”こそが私の最大の独自性であったわけですが、それと同時に、「あくまでも素人の推論に過ぎない」と言われれば認めざるを得ない最大の弱点でもありました。
 そんな時出会ったのが、父母両性の必要性を強く説いたこの佐々木氏の著書でした。かなり私事の記事でしたが、皆さんに発信する情報の信頼性を高めるためのお知らせと受け止めて頂ければ幸いです。

 因みに、佐々木氏は、「TEACCH」と呼ばれる「自閉症及び、それに準ずるコミュニケーション課題を抱える子ども向けのケアと教育」(Treatment and Education of Autistic and related Communication-handicapped CHildren〜)の考えを初めて日本に導入した方でもあります。
 感覚過敏の特性のため、究極の不安症とも言える自閉症スペクトラム障害の子どもが安心して過ごすことができるよう考え出されたシステム。この導入にご尽力されたレジェンドによる生涯最後の子育て本がこの著書です。内容が秀逸でないわけがありません。

 さて、佐々木氏ですが、父母両性の大切さを主張していることを紹介したばかりですが、氏はこうも指摘しています。
「母子家庭でも父子家庭でも、家庭で不可欠な事はなにかと問われれば、私は迷わず母性をあげます」「私の経験では、母子家庭には、むしろ母性的な雰囲気が乏しいことがありがちです。我が子と向き合う時の母親には、子供が求める母親よりも、『一人親だから』と意気込むあまり、指示や命令の多い、父性の要素が表面に出がちです」

 私自身もこれまでの多くの事例の分析・考察を経ながら、いかに子どもの心の安全基地としての母親の役割が大きいかを実感しています。そこから得られる安心感や愛情エネルギーがあって初めて子どもは、物事に挑戦したり、辛さに耐えたり、人間関係を保ったりする等の「探索行動」を始めることができるのですから。