【今回の記事】

【記事の概要】
   今春、定食チェーンの「やよい軒」が、無料だったご飯のおかわりを試験的に有料にするというニュースが流れた。(その理由として)運営会社は、おかわりをしない客から「不公平だ」という指摘があったと説明した。

また、夏の参院選でれいわ新選組から車いすの議員2人が当選し、国会が改修されたというニュースには、ネット上などで「自己負担でやるべきだ」「我々の税金を使うな」といった反発がわき起こった。

 どちらも、批判する人自身が、何らかの負担を強いられたわけではない。ただ、自分以外の人が利益を受けているのが不快という感情。「他人の得が許せない」人が増えている。

「出席せずにいい成績とるのは◯◯◯ないですか?」
 都内の女子大に勤める男性准教授(44)は、一昨年に経験した学生とのやり取りが今も忘れられない。9月中旬、ため息を大きくついた後、筆者にこうはき出した。
「本当にあきれかえるしかありませんでしたよ。付き合うのも面倒だから、叱ったりしませんでしたけど。あぜんとするっていうのは、こういうことなんだと思い知らされましたね」

 新年度が始まったばかりの4月。近付いてきた1人の学生が突然訴えた。
「先生、お願いがあるんですけど」
学生が切り出したのは、准教授が授業で出欠を取っていないことについての申し入れだった。「出欠を取ってほしい」のだという。
(しかし)授業にはほとんどの学生が出席していた。准教授は、そんな状況で出欠を取ってもほぼ全員に等しく加点されるだけで意味がないと感じていた。
   さらによく話を聞くと、本心とみられる言葉も出てきた。
授業に出てこないのにテストで良い点を取って、いい成績を取る子がいるんです。ずるくないですか?
体中の力が抜ける思いがした。そんな発想をするのか、と。
「出欠を取るのは当たり前だ」と食い下がり続けた学生は、最後は納得しないまま立ち去った。

 心理カウンセラーで「インサイト・カウンセリング」(東京都)代表の大嶋信頼さんによると、相談に訪れる人の多くは「他人の得が絶対に許せない」「いつも自分が損ばかりしている」という気分になっているという。そんな気持ちに苦しむ人たちが、この社会にあふれ返っているようだ。
 大嶋さんは特に、そういう人たちが他者に攻撃的な言動をとってしまうケースは「『ルサンチマン』という言葉で説明がつく」という。ルサンチマンとは、「強者に対する弱者のねたみや恨み」という意味だ。准教授が経験した例では、授業をきちんと受けながらも成績が心配される学生が弱者で、授業を受けなくても成績が良い方が強者と言えるだろう。大嶋さんは「多くのケースで、『弱者がすることは正しい』と思い込んでしまう傾向があります」とも指摘する。

子ども使ってスターと写真、母にも子にも腹が立つ
「あの人がずるい」。そんな感情から、楽しいはずの思い出を素直にそう振り返ることができなくなってしまった東京都内の女性(45)も9月、話を聞かせてくれた。

 6年前の東京・六本木ヒルズ。女性が大ファンだった俳優のブラッド・ピットと、交際相手(当時)のアンジェリーナ・ジョリーが映画の宣伝で来日し、レッドカーペットを歩いた。そのイベントの抽選に当たった女性は、高校時代の友人と一緒に出かけた。
 400人超のファンでごった返す会場。ブラピとアンジーの2人は、レッドカーペットの上でやや距離を置きながら別々にファンの声援に応え、写真撮影に応じたり、差し出される色紙にサインを書いたりしていた。
 優雅な2人の姿とは対照的に、ファンの争いは熾烈だった。警備員はいたが、他人を押しのけてでも前に出てこようとする人たちばかり。女性も、その一人だったかもしれない。
 その中に、小学校低学年ほどの子どもを連れた母親がいた。その母親が子どもに色紙を持たせてアンジーに向かうように指示しているのが分かった。「慈善活動に熱心で気持ちの優しいアンジーなら、子どもに食いつくだろうと思ったんじゃないですか」
 実際、アンジーはその子どもにサインを書き、いつの間にか近づいていた母親も含めてスリーショットでの記念撮影にも応じた。その女性にとってはそれが、思い出したくないほど腹立たしい光景だったのだ。
 女性は夫と都心で2人暮らし。普段、家の外で見かける他人の子どもは、騒がしかったりうっとうしかったりする存在でしかなかった。
「だから余計に腹が立ったのだと思います。母親にも子どもにも」

 この想いを宗教家はどうみるのか。浄土真宗本願寺派の研究機関、宗学院(京都府)の西塔公崇研究員(45)=富山県・金乗坊副住職=はこう話す。
「仏教の世界で言う『苦しみ』とは、自分の思い通りにならないときに抱く苦しい感情のことです。まさに、前出の大学生やレッドカーペットイベントの女性が抱いた精神的な苦しみが、当てはまるでしょう」

 なぜそのような苦しみを感じるのか。
自分中心の心があるからだと思います。自分にとって好ましいことばかりを追い求め、都合の悪いものに対しては拒絶するだけでなく、時には腹を立てます。そうすると、自分の都合でしか物事を見ていないから、結果的に物事の本当の姿が見えなくなるという事態を招いてしまいます」

 また、宗教家の立場からこうも指摘する。
「宗教には、ある超越的な存在と出会うことによって自己の有限性を知り、自己を相対化させる機能があります。ところが、宗教が弱体化している現代において、人間は自己絶対化の度合いを増します」

怒りにまかせた言葉の暴力、同僚は職場を追われた
 都内の女性(35)は2年ほど前、給食の調理室で一緒に働いていた50代の女性が職を失う場面を見た。
「彼女はとにかく新しく入ってきた若い人を片っ端からいじめていました。退職に追い込むまで。10人くらい辞めていったと思いますよ」
 いじめは、言葉による過剰な攻撃だった。どんなささいなことでも厳しい口調で責め立てた。
「リンゴのカットの仕方が悪い」
「掃除もろくにできないのか」
「だからあんたは結婚できない」

 自身はなぜかいじめの対象にならなかったが、ある日、どうしてそんな振る舞いをするのか聞いてみたところ、こんな答えが返ってきた。
若い人はどこでも就職できるのがねたましいし、腹が立つ。私なんかはもうどこにも行くところがない

 この女性は、職場でのいくつものいじめの行為が会社に認定され、職場を追われたという。
 
【感想】
   過度の“ねたましさ”のために、職場まで追われた女性。
   この心理を説明する「ルサンチマン」という「強者に対する弱者のねたみや恨み」。精神科医の片田珠美氏は、この「ねたみや恨み」と同様の意味で、「羨望」と言う表現を用いて次のように述べています。
「最近では、ツイッターやインスタグラムなどSNSの普及で他人の生活を簡単に覗き見ることができるようになったことも、羨望を掻き立てる一因になっている」
更に、これらの心理の要因として、次のように指摘しています。
「傷ついた自己愛を補完しようとするあまり、暴走してモンスターになることもある」
つまり、“自己愛(自分第一主義)”という偏ったプライドが傷つけられたときに、それを強引に修復させようとするため、過度の“羨望”という行為に走るというのです。

   更に、精神科医の岡田尊司氏は、戦後高度経済成長期の核家族化がもたらした“母子の密着”や“母親による子の支配”による子どもに対する否定的・支配的態度や東京オリンピックを契機にしたテレビの爆発的な普及をきっかけにして始まった愛着の崩壊現象の説明の中で次のように述べています。
「愛着は“他者愛”や”共同体愛”を支えるものですが、それに反して、人間や社会はいよいよ“自己愛(自分のことを優先的に考える考え方)”的な様相を呈していく」
つまり、子どもに対する親の否定的・支配的態度や、家族間の絆を分断するメディア機器(特にスマホ等の個人用機器)の普及によって、“他者愛”(他者と繋がる意識)を支える愛着が崩壊し、その代わりに自分のことを優先に考える“自己愛”が世の中に増殖し、その結果として過度に他人の幸せをねたむ「ねたみや恨み」が生まれたと考えられます。記事中で西塔公崇研究員が口にした「自分中心の心」や「自己絶対化」が、正にその「自己愛」を言い表しているのでしょう。
 
   どんな人でも、自分の心が安定していれば、「おかわり無料なんて、気前のいいお店だね」等と、他人の利益など気にも止めないものですが、忙しさのために心に余裕が無くなっている時には、他人の言動に対して普段は感じない苛立ちが生まれるものです。ましてや、「第二の遺伝子」とも言われる愛着が不安定な人ならば、その苛立ちは日常茶飯事に違いありません。そのストレスは日を追うごとに膨らみ本人を更に苛立たせることでしょう。そしてその末には…。

   今回の記事のように、ご飯のおかわり無料はずるいと感じたり、車いすの議員のための改修に対してネット批判したりする人々は、ネットを見れば、既に私達の周りに当たり前のように存在していることが分かります。それだけに、私達は今こそ安心7支援」のような養育によって愛着崩壊現象にブレーキをかけなければ、我が子が大人になる頃には、先の女性のように社会集団を追われる程に他人をねたみ憎む人間になってしまう可能性も「0」ではありません。