このことの大切さについては、ヘネシー氏と八尾氏は「明るく静かに」、岡田氏は「心地よい応答」と述べています。また平山氏は「話しかける」と述べていますが、彼は「できるだけたくさん話しかける」という意味で捉えていますが、平山氏は元々先の支援方法を、不安感が強い自閉症児の気持ちを安定させる手立てとして考え出しています。つまり、不安感を鎮める話し方は穏やかな話しかけ方が望ましいと考えます。また、菅原は「禁止語と命令語は使わない」と述べていますが、これは、それらの言葉を言う時は必ず強く刺激的な言い方になります。私は、これらの表現を一言にまとめると「穏やかに声をかける」という捉え方でまとめました。
   さて、親が何の気なく使う、強く否定的な言葉(「うるさい!」「はやくしなさい!」「何回同じことを言わせるの!」「もうあなたのことなんか知りません!」等)も、子どもの自己肯定感を損ない被害的な意識を刷り込み安心感を損なうことになります。そのことは、母親が本来持っているはずの「安全基地」としての機能を失わせ、子供を不安定な人格を持った人間に育ててしまうことになるのです。その結果、愛着不全に陥り、様々な反社会的行動を示すようになるでしょう。少なくとも、現在、反抗期ではない子供が親に対して反発心を持っているようであれば、それは愛着不全の症状(上記「反社会的行動」の「行動面」の「愛そうとする親や権威のある人に攻撃的・挑発的である」という症状)と考えられます。よって、その親に対する反発的な態度は、親が自分自身の言葉遣いを変えて、母親の子供にとっての「安全基地の機能を回復させない限り改善することは難しいでしょう。このことは、精神科医の岡田氏が最も強く主張している点です。
   例えば、先の「うるさい!」「はやくしなさい!」「何回同じことを言わせるの!」「もうあなたのことなんか知りません!」等については、次のように言ってみてはどうでしょうか?
「うるさい!」⇨「お母さんの話聞こうね
「はやくしなさい!」⇨「〇〇に遅れるからがんばろうね
「何回同じことを言わせるの!」⇨「さあ、次言われたらもう〇回目だよ。がんばろうね。
「もうあなたのことなんか知りません!(子供を見捨てる)」⇨「あなたはやればできる子よ。お母さんが見てるから頑張ってごらん。(子供を信じる)」
(「……しよう」「がんばろう」のように子供に“穏やかに語りかける”イメージ)

   前章からの繰り返しになりますが、子どもが小さい頃は、親が否定的な言葉を使っていても子どもは従いますが、中学生くらいになり反抗期に入ると、子どもは、親が使う“否定的な言葉”に反抗するようになります。そして、そのまま中学生にもなると、体も大人になり、もはや親の手におえる存在ではなくなります。やがて、その子どもは家庭の中で暴力をふるうようになります。そういう乱暴な子どもは、外の仲間集団とはなじめませんから、自分にとって居心地のいい家庭の中に閉じこもることになります。これが「ひきこもり」の始まりです。もうその時点になると、問題を解決するには相当の努力が必要になります。
   また、岡田氏はこのような強く否定的な言葉」は、いじめ」と変わらない効果を持つと指摘しています。(岡田2011)この両者は、後述する「マズローの五段階欲求説」の観点から見ると、「安心安全が保障されない」という点で共通しています。この事から考えても、岡田氏の指摘は納得のいくところです。ちなみに、感覚過敏の傾向の強い人は、厳しい言い方をする人のところには近づこうとしません。穏やかで優しい言い方をする人を好みます。
私たち教師も、ガミガミ怒っている時よりも、「大事な話をするよ」と言って、小さい声で語りかけたほうが、子どもの心に入りやすいということがたくさんあります。おそらく、ガミガミ叱られているときは、脅かされそうになっている自分の「安心・安全」を本能的に守ろうと、それだけに集中して、話の内容まで理解する余裕がないと思われます。事実、私達がガミガミ話しているときの子供は、こちらの問いかけに対しても何も話せない状態に固まってしまいます。逆に、穏やかな語り口調で分かりやすい話を聞いた時の子どもは、話の内容よく理解できているので、その活動はとても生き生きしています。
   また、このことは、子どもの言語環境という面から考えても好ましくありません。なぜなら、毎日親から否定的な言葉を聞かせられている間に、いつの間にか子どもがその言葉を覚えてしまい、学校や地域で同じような言葉を使い始めるからです。
   こういうパターンは愛着不全の子どもほど多く、乱暴な言葉を一度覚えてしまうと、学校の先生に注意された時にも「うるせぇ、くそばばぁ」等と暴言を吐く場合があります。教師は戒めのために注意しているのですが、愛情が不足しているタイプの愛着不全の子どもにとっては、「自分に注目が集まる」という誤った好刺激と捉えてしまい、ますますエスカレートしていく場合もあります。そのうちに教師から「A君は困った子」というレッテルをはられ、学級の子どもたちも「先生もAくんのことを悪い子だと言っている」と思い始め、ついには学級の中で孤立していくパターンもあります。こういう場合こそ、刺激の少ない冷静な注意の仕方のほうが効果があると思います。 
   ちなみに、子どもに対してではなく、親同士で互いに相手を否定する言葉を使っている場合も要注意です。両親の喧嘩は子どもにとって、この上なく大きな不安とストレスを与えます。子どもの前では特に気をつけましょう。
   さてこれは、私がある温泉宿に泊まった時の話です。風呂場に行くと、私より先にお父さんと二人の男の子(小学校の低学年か中学年くらい)が親子で入っていました。子どもたちは温泉に来たことがとても嬉しかったらしく、自ずと声が大きくなることもありました。すると、そのお父さんは、小さな優しい声で、子どもに注意していました。すると、子どもたちはお父さんから言われたことを素直に聞き入れて、その後はとてもマナーよく静かに入っていました。ちなみに、そのお父さんは、普段から声を荒げるほうではない方とお見受けしました。やはり普段からの養育は、家の外でも子どもにきちんと伝わっているものなのだと感じました。
   ところで、三人の子どもを東大に入学させたことで一躍有名になった佐藤亮子(佐藤ママ)さんは、「子どもに特に大きな反抗期は無かった」と話しています。全くなかったということではないと思いますが、親に対して強く反抗することはなかったそうです。なぜかを問われると、「できるだけ穏やかな話しかけ方をしてきたからだと思います。」とのことでした。普段から子どもに対して乱暴な、否定的な、命令的な言い方をしていると、本来は発達上必要な反抗期が、必要以上の子どもの反抗を生むことになるのでしょう。
   ちなみに、「やさしい言葉は、どんなに短くても、どんなに簡単であっても、その響きは永遠です」とは、あのマザーテレサの言葉です。どんなに短くても簡単であっても、相手の心に染み入るのは穏やかで思いやりのある言葉です。
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