先日、ある電化製品小売店に行きました。駐車場を歩いていたら、どこからか赤ちゃんの鳴き声がしてきました。「どの車からだろう?」と思って探していたら、ある1台の車の中で赤ちゃん用のチャイルドシートに縛られた赤ちゃんが盛んに泣いていました。ちょうど私がその様子を覗き込んでいるところに、1人の母親らしい若い女性が車に駆け寄ってきました。私は「この車の方ですか?」と聞いたのですが、その女性はバツが悪いとでも思ったのか、何も言わず車の中から泣いている赤ちゃんを出し、抱っこしてその子をあやし始めました。

   昨今、車内への乳児の置き去りによって、熱中症などによって死亡する事故が多発しています。しかしその日は、気温は高くなく、むしろ涼しいくらいでした。もしかしたらその母親も「この涼しさなら大丈夫だろう」と考え、赤ちゃんを車に残し自分だけ店舗の中に買い物に入っていたのかもしれません。
   しかし乳幼児を車の中に置き去りにするリスクは熱中症だけではありません
   赤ん坊は何か困ったことが起きると泣いてお母さんを呼ぼうとします。しかしいくら泣いてもお母さんが来てくれない状況が続くと、お母さんに対する信頼感を失い、その子のその後の人生に大きな影響を及ぼす可能性があるのです。
   このように、いくら泣いても来てくれないお母さんに対する信頼感、つまり愛着(愛の絆)を失った状態を「脱愛着」といいます。(「愛着の話No.10〜親から適切な養育を受けなかった赤ん坊の悲劇〜①」参照)
   また、車内に置き去りにされる時間がそれほど長くなくとも、同じような機会が度々続くようであれば、やはり母親に対する信頼感は少しづつ失われていくでしょう。

   精神科医の岡田氏は、「乳幼児期に母親との愛着(愛の絆)に傷がつくと、その子の一生にわたって人間関係能力、知能、自立性、自律性(我慢する力)、異性関係、結婚生活、身体的健康、更には寿命にまで影響を及ぼす」「乳幼児期の母親に対する愛着形成の失敗によって、母親を疎ましいと思う気持ちが要因となり、成人後も母親を介して起こる対人関係や恋愛、子育て、うつや依存症などの精神的な問題(「母という病」)に苦しむ危険性もある」との旨の指摘をしています。
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   つまり、「暑くないから大丈夫」という思い込みは大変危険なのです。

   それにしても、心配そうに車内を覗き込んでいた私から「この車の方ですか?」と聞かれても返事もせず、ましてや「ご心配をおかけしました」などの言葉も返すこともなかったあの若い母親は、我が子との「愛着(愛の絆)」だけでなく、「他者との絆(人間関係)」の面においても問題を抱えているような印象を受けました。もしかしたら、その母親自身が乳幼児期の時に十分な養育を受けることが出来なかった影響が今現れているのかもしれません。