【今回の記事】

【記事の概要】
   障害が比較的重い子どもが通う「特別支援学校」で深刻な教室不足が続き、2016年10月現在、3430教室が足りないことが文部科学省の調べでわかった。
   特別支援学校の幼稚部から高等部までの在籍者は15年に13万8千人で、10年で1・36倍になった。特に知的障害のある子が増え、全体の9割を占める。比較的障害が軽い子が通う小中学校の特別支援学級の在籍者も15年に20万1千人で、10年で約2倍になった。
   背景には、障害の診断が普及したことがある。障害があると診断されると、支援が得やすい教育を望む保護者が増えたとみられ、「特別支援教育への理解が深まった」(文科省担当者)との見方がある。
   一方、支援が必要な子に対応できていない小中学校の課題を指摘する声もある。「障害児を普通学校へ・全国連絡会」(東京)によると、通常の学級を希望した知的障害児や発達障害児の保護者が、教育委員会や学校から「(通常学級では)いじめられるかもしれない」「高学年になると勉強が難しくなる」などとして特別支援教育を提案されるケースがあるという。
   
【感想】
   私は以前、以下のような記事を投稿している。
この中ではおよそ次のような内容を述べている。
数字の結果だけから『障害の認知が広がり社会的な偏見が薄らいだことで、地域の学校ではなく支援校・学級を選ぶ家庭が増えた』という解釈をして良いのか?ちなみに私が勤めていた学校の地域では、初めは通常学級に在籍していた発達障害の子どもが、担任からも受け入れられずに学級に適応できなくなり、小学校在学途中に特別支援学級に移籍し、中学校からは特別支援学校に入学するというケースが増えている。つまり、決して発達障害に対する理解が進んだということではなく、通常学級で“問題児扱い”され適応できなくなった子どもたちが止む無く特別支援学級・学校に移籍しているというケースが多いのである。
私のこの主張は、今回の記事で紹介されている「障害児を普通学校へ・全国連絡会」(東京)が指摘する、「支援が必要な子に対応できていない小中学校の課題」と重なるものである。しかし、記事で紹介されているように、通常の学級を希望した障害児の保護者に対して、子供が在籍する前から教育委員会や学校自らが「(通常学級では)いじめられるかもしれない」「高学年になると勉強が難しくなる」などと特別支援教育を提案するケースがあるという事実には驚きである。通常学校の教育力の無さを自ら暴露しているようなものである。

   文科省は以前から以下のように“健常者と障害者との共生社会」”を目指したインクルーシブ教育システムの構築を目指していた。
2006年に国連総会で採択された「障害者の権利のための条約」、この第24条に謳われているのが「インクルーシブ教育システム」である。この教育システムが目指していた「共生社会」のイメージは、健常児童と障害児童とが同じ学級に在籍し、学習面でどうしても一緒に活動できない場合だけ、障害児童が別の教室に行って学習するというものだった。
   ところが、実際には同じ学級どころか、特別支援学校という全く異なる学校で別々の生活を送っている児童がいるというのが現実である。しかも、比較的障害が軽い児童でさえ、通常学級とは別の特別支援学級に在籍するケースがこの10年で約2倍になっていると言う。
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   しかし、日本は2014年にこの「障害者の権利のための条約」に批准(既に全権代表によって署名がなされた条約に拘束されることを国家が最終的に決定する手続き)し現在に至っているのである。

   今回文科省担当者は特別支援学校の児童数が増えた事について、「特別支援教育への理解が深まった」との肯定的な見方をしているが、文科省が目指していた「共生社会」の実現、インクルーシブ教育システムの構築に対する理念は、一体どこへ行ってしまったのか?そして、共生社会と矛盾する今の現状を肯定的に捉えている文科省サイドの今回のコメントを世界はどう評価するのだろうか?