【今回の記事】
原監督、理不尽な上下制度や奴隷的指導ぶち壊した

【記事の概要】
<第93回箱根駅伝>
   青学大が、史上初の3連覇&大学駅伝3冠に輝いた。2位早大に33秒差をつけて迎えた復路。山下りの6区から早大を突き放し、2位東洋大に7分21秒差をつける11時間4分10秒で総合優勝を決めた。
   青学大の原晋監督(49)が日刊スポーツに手記を寄せた。04年の監督就任から13年。当初は自前のグラウンドも寮もない状態からスタートした。中京大出身。箱根駅伝経験もなく、大学時代は本人いわく「5流ランナー」。実業団の中国電力では選手としてリストラされて10年間のサラリーマン生活を送った。そんな異色の指導者が3連覇&大学駅伝3冠を振り返った。

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〈原晋監督の手記〉
   04年の監督就任時、陸上界には自分の学生時代と変わらない上意下達のシステムがはびこっていた。このままでは野球、サッカーなど他のスポーツに後れを取る。若者が陸上を選ばなくなると危機感を抱いた。従来の体育会の組織をぶち壊すと決意した
   原点は(私の)広島・世羅高時代にある。先輩に怒鳴られ、殴られることは当たり前。風呂では、後輩が先輩の髪を洗い流す。不合理で理不尽な習慣だった。2年の時、1学年上に1500メートル、5000メートルの高校記録保持者がいた。史上最強軍団といわれ、優勝候補にあげられ、NHKまで取材に来たが、全国高校駅伝(83年)は(前評判を裏切る)3位。その時、一体感の大切さに気付かされた。
   3年で主将になると、悪習を撤廃。寮長と話し合いながらチームの和を重視した。前評判は1年上とは比べるもなかったが、結果は2位と、(史上最強軍団と呼ばれた昨年を)上回った。我々の代は「駄馬」と呼ばれるくらい弱かったが、一体感を持って取り組んだことで優勝まであと1歩に迫った。この経験は今も心に強く刻まれている。
   指導者になってからも、選手を奴隷のように服従させる(指導)方法は排除した。自分が住み込む学生寮でも、掃除など雑用は学年関係なく、持ち回りでやる。逆に4年生が率先してやれと指導する。今の寮の門限は22時だが、みんな21時にはいる。先輩後輩の徒弟制度はない。寮がアットホームで楽しいから、外に遊びに行かなくていい。学年を超えて風通しの良い組織になっている。
   支配型の指導法では長期的な発展性はない。自分は1年生にも意見を言わせる。ただ「ハイッ」と指示を待つだけの学生はいらない選手が自分の言葉を持ち、自主的に考え、行動できるような指導を心掛けている今の学生はゆとり世代といわれるが、理屈を教えれば、理解して自ら進んで向上する最近は何か問題が起きても、学生たち自らが問題を洗い出し、解決へ努力するようになってきた。今回の結果も組織が成熟してきた結果だと思っている。
   最後に妻の美穂に感謝したい中国電力という安定した会社員の妻だったが、(退職して)13年前から2人で寮に住み込んだ。常に学生たちと接することで、自分以上にささいな変化を見ている。選手の不調を早めに気付いてあげることも、今回の結果につながった。今は私より学生に信頼されている。心からサンキューと言いたい。サンキュー大作戦は大成功だった。(青学大監督)

【感想】
   自らを「5流ランナー」と認める原監督が、今回のような偉業を成し遂げた。競技者として何の実績のない原氏が、なぜこのような成果を収めることができたのかを学びたい。

   まずは、「指導者になってからも、選手を奴隷のように服従させる(指導)方法は排除した」「支配型の指導法では長期的な発展性はない」と原氏が述べているように、一時まで世間からの批判の的となった“体罰などを伴う支配的な指導”を行わなかったことが大きいと考える。痛みを伴う刺激から逃げるためにその時だけは頑張ったとしても、そこには、原氏が言うところの「長期的な発展」は存在しないのである。
   更に、原氏が、「今の学生はゆとり世代といわれるが、理屈を教えれば、理解して自ら進んで向上する」「最近は何か問題が起きても、学生たち自らが問題を洗い出し、解決へ努力するようになってきた」と述べているように、上からの威圧的で一方的な指導ではなく、選手にとって分かりやすく、かつ自ら考えさせる教え方を工夫することによって、自らさらなる高みに向かって進もうとする選手を育てた。この事は、陸上のみならず、他のスポーツの指導者たちに見習って欲しい点である。
   さらに原氏は「寮がアットホームで楽しいから、(子供達は)外に遊びに行かなくていい」と述べている。仮に、旧態依然とした「先輩には絶対服従」というスタイルを持ったチームであったならば、子供たちは苦しさだけの寮から逃げ出しているかも知れない。まるで、精神科医の岡田氏が言うところの「親による強制的・支配的な養育」によって、家族との愛着(愛の絆)を失った子供が家を飛び出し、良からぬ輩と付き合う現代の子供達と同じである。つまり、原氏は、チームの中に、監督や選手同士の愛着を育てていたと言える。事実、愛着は人の知的能力自立性を向上させるとされている。(このことについては以下の記事のURLタップにてご参照ください。)
愛着の話 No.16 〜愛着は「知能」や「自立性」の発達にも影響する〜
まさに選手自ら考えながら練習に取り組む青学選手たちの基盤となっているのではないか。
   また、原氏は「妻の美穂に感謝したい」と述べている。内助の功としての美穂さんに感謝し、夫婦の間の愛着を大切にしている監督だからこそ、チームの中にも人と人との愛着(愛の絆)を作ることができたのだろう。いつも笑顔で朗らかな原監督ならではのチーム作りである。
   妻の美穂さんは、監督をして「自分以上にささいな変化を見ている」「今は私より学生に信頼されている」と言わしめるほどの存在となっている。おそらく、チームの母親として子供たちを「見守る」ことで、選手たちからの信頼を得る「安全基地」となり、精神的な支えとなっているのだろう。

   決して怒鳴ったり体罰を加えたりしなくても、愛着を大切にし、分かりやすく、子ども達に考えさせる指導を行えば、青学のような素晴らしい成果を収めることができるのである。