以前、神奈川県相模原市で起きた障害者施設殺傷事件。その加害者、植松容疑者は、愛着対象を失いその代わりを埋めるために違法薬物に手を出してしまったと推測される。このように、愛着対象を失い社会から孤立しがちな人間は他にもたくさんいるはずである。ただ単に、「障害者を大切に思ってください」と呼びかけるだけでは、対症療法にしか過ぎず、“社会から孤立孤立しがちな人を作らない”という根本療法に目を向けない限り、二度とあのような事件が起きないと言い切ることはできない。そこで今一度、二度とあのような凄惨な事件を起こさないためにも、どうすれば社会から孤立する人間を作らずに済むのかについて考えたい。

   まず、今は一人親家庭が非常に増えている。シングルマザーの家庭の場合で言えば、離婚前と比べて特に金銭的に厳しい家庭内事情を乗り越えるために、子どもを乳児期の頃から保育所に預けて働かざるを得ない。すると、物理的に子供の養育にあたる時間が少なくなるとともに、本来な父親がすべき子供のしつけに関わる仕事も全て母親が行わなければならず、母親にはますます精神的な余裕がなくなってしまう。そのような状況下ではどうしても子供との間に愛着(愛の絆)を形成しにくい。また一人親家庭でなくとも、経済的な余裕を求め、子供が乳児期の頃から保育所に預けて共働きをしている家庭でも同様のことが言える。この結果、どうしても不安定型の愛着スタイル人との交流を避けたい「回避型」タイプか、人からの愛情に飢え、人から嫌われないか常に不安を感じている「不安型」タイプを持つ人間が育てられることになる。しかし、他人と適度な人間関係を築くのが難しい不安定型の愛着スタイルの人間にとっては、今の錯綜した社会の中で自分の力で愛着対象の相手を見つける事は容易なことでは無い。自分の悩みを相談できる愛着対象を持てない人間は、次第に社会の中から孤立していくと考えられる。
   このように考えてくると、とりわけ一人親家庭が多い現在の状況が、不安定型愛着スタイルを持つ人間を生み出しており、そのことが、自分で愛着対象を見つけることができず社会から孤立していく若者が増えている事の要因となっていると思われる。昔は「子はかすがい」とよく言ったものであるが。

   では、どうして現代は離婚をして一人親家庭になる夫婦が多いのだろうか。
   精神科医の岡田氏は、「不安定型の愛着スタイルを持つ人間が最もトラブルを抱えやすいのが結婚生活に於いてである」と提言する。つまり、不安定型愛着スタイルの人間は、パートナーとの結婚生活を維持できず離婚に至る場合が多いということである。という事は、今の夫婦世代には不安定型の愛着スタイルを持つ人間が多いということになる。しかし、それはいったいなぜであろうか。
   今の夫婦の親世代においては、現在のような“共働き”は既に定着していた。今のように保育所に子供を預けて働きに出る親もあれば、同居している祖父母に子供を預けて働きに出る親もあった。いずれにしても、仕事に出ていた当時の親は、やはり乳児期に充分な養育を行う時間を持つことは難しく、安定型の愛着スタイルを持つ人間を育てることは難しい状況にあった。その状況下で育てられた今の夫婦世代には、必然的に不安定型の愛着スタイルを持つ人間が多く存在することになり、夫婦生活を維持することが難しく結果的に離婚に至るケースが多いと考えられる。

   これらのことから考えると、子供が乳児期のとき(特に「臨界期」と呼ばれる0歳から1歳半の間)に、子供の養育よりも仕事を優先させる親が多いことが、大人になったときに不安定型愛着スタイルを持つ若者を生み出し、結果的に社会から孤立してしまう若者を生み出している要因と言えるだろう。しかしそれは、決して子供の成長をおざなりにしてきたわけではなく、乳児期の養育が、まさかその子の一生の人格形成に影響を及ぼすとは思っていなかった、ただそれだけだったのだろう。
   今こそ、愛着理論に基づく正しい養育の仕方とその重要性について広く知ってもらいたい。そのことが、日本の明るい未来の構築につながるのだから。