最低気温は7日から氷点下が続いている。10日はマイナス5・8度だった。「寒くなってきたね。しばれるね」。岩手県一関市の仮設住宅のこたつで、三浦美峯子(みねこ)さん(75)は小さな背を丸めていた。
宮城県気仙沼市の自宅を流され、30キロの道のりにある内陸部へ1人避難する。同居していた生コン会社勤務の長男(52)夫婦とも離ればなれになった。
「知っている人もいないし、海の近くより寒い。震災前は畑で菜っ葉や白菜を作って自転車で農協さ運んで小遣いにしてた。浜さ行って磯ものを採った。あんなに楽しいことなかった」
また凍える季節がめぐってきた。年が明ければ「3月11日」が近づく。あの日も雪の舞う寒い日だった。
「みんな津波の夢を見ると言っている。ふさぎ込んでしまわないように、気持ちをしっかり持たないと」
壁に100歳の詩人、柴田トヨさんのカレンダーが貼ってあった。長男が「これ見て元気だせ」と貼ってくれた一枚にこうあった。
《朝はくる》
◆「鬱」になりやすく
東北地方は冬の日照時間が短く「冬季鬱」になりやすいと指摘される。加えて家族や友人を亡くした喪失感や、慣れない仮設住宅、仕事を失ったことなどによるストレスがのしかかる。
東北で唯一、アルコール依存症者の専用病棟54床を持つ仙台市の精神科病院、東北会病院は、飲酒問題で受診する人の割合が震災前1年間の平均34%に対し、今年10月は42%。専用病棟の入院は予約待ちという。
病院のソーシャルワーカー、鈴木俊博さん(54)は「避難所から仮設へ移る中、それまで抱えてきた問題やストレスが、孤立することで現れてきた。鬱々としたときアルコールは一番の『特効薬』になる。眠れないときなど即効性があるからだが、依存性を強め、ひいては鬱による自殺にもつながる恐れがある」と指摘し、こう述べた。
「専門的な治療も大切だが、やはり被災者自身が自分たちのことを考えていくコミュニティーを作る必要がある。やりがいのある仕事や活動、つまり自分の役割だ。南三陸では『行政を待っていられない』と住民が山を崩して宅地造成を始めた。そうした動きを支援することが重要だと思う」
◆生活に「仮」はない
気仙沼市の漁師、畠山政則さん(57)は浜で仲間とカキの養殖の仕込みを続けていた。いかだは同じカキの産地である広島県の人たちが支援した。
畠山さんは「やっぱり浜へ出て体を動かさないと。そうやって始めたら、世の中の方々も助けてくれた」と話し、笑顔を見せた。
2500人の避難者を受け入れた福島県郡山市の施設「ビッグパレットふくしま」。4月11日から運営を続けた県職員、天野和彦さん(52)は「当初、老いも若きもマグロのように横たわり食事のときだけ起きてきた。わずか1カ月。人ってこんなにもろいのかと思った。だが、そうではなかった」と振り返る。
交流の場にと長机3つといすを並べた。元喫茶店主がコーヒーをいれ始め、やがてマスターと呼ばれた。「みんなの喫茶さくら」と名づけると誰かが花を買ってきた。避難所の草むしりを呼びかけ軍手を50足用意したら翌朝、ほおかむりしたお父さん、お母さんが続々と出てきて250人に達した。天野さんは言う。
「この数をどう考えたらいいのか。もろさと思ったものは、がけっぷちに指一本を引っかけ、ぎりぎりのところで耐える姿だった。住まいは『仮』でも、人々の生活に『仮』はない」
天野さんは経験を仮設住宅や借り上げ住宅でも生かしたいという。
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