高校は共学の県立高校へ。
クラスでは相変わらず1人か2人しか友達がいない状態の3年間でしたが、部活は複数掛け持ちして、部活での交友関係はそれなりに充実してました。
インターネットはまだない時代だったので、自分のことは相変わらずよくわかってなかったです。
制服は着てましたが、スカートの下にトランクス履いてました(笑)
高校生にもなれば必然的に将来のことも考え始めるわけですが、自分が普通の女性として社会人になるイメージが全く持てず、死ぬしかないなと思ってました。
冗談ではなく。
将来の夢は死ぬことでした。
どうせ死ぬ予定だったので、勉強もやる気なく、大学選びも就職のことを考えて真面目に選んだのではなく、ただそのときやりたかったことができそうな大学を適当に選びました。
結果的にその大学に行ったことを私は全く後悔していませんが、今思えば死ぬこと前提で適当に選んだことは親に申し訳ないなと思います。
大変なお金がかかったはずですから。
自分が親だったら、ふざけんな、そんなら今死ねって思いそう(笑)
今中高生の当事者の子がもしこれを読んでいるなら、自暴自棄になる必要はないよ、将来、望む性で就けることを前提でまじめに進路選んで大丈夫だよって言いたい。
逆に、夢を諦めたり、勉強しない言い訳として性同一性障害を持ち出すんじゃないよ、それは逃げだよ、とも言いたい。
高校時代の大きな出来事としては、初彼女ができました。
意を決して告白したら振られたんですが、後日やっぱり気になると逆告白されて遂に付き合うことに。
押して駄目なら引いてみな、は真理です。
周りには内緒でした。
この彼女とは大学2年まで付き合いました。
別々の大学でしたが、どちらも東京の大学だったので、1年目は電車で数駅のそう遠くない距離にお互いアパートを借りて行き来し、2年目は同棲しました。
大学は制服がないのでスカートから解放されたのが大きかった!
また、インターネットが普及してきて、パソコンで情報を得ることができるようになったのも革命でした。
性同一性障害という言葉が出始めたのもこの頃でした。テレビやインターネットで当事者の話を聞けば聞くほど、これだ!!と確信しました。
ホームページを作り、掲示板で仲間と知り合い、会える当事者に片っ端から会っていきました。
性同一性障害以外のLGBTQにもたくさん会いました。2丁目にも何度か行きました。
私は前述の通り人付き合いが苦手なので、それを克服したくて無理に人に会いまくりました。
ミドフォーになった今でも人付き合いはやっぱり苦手なままで、当時知り合った人とももう9割以上疎遠になってしまったけれど、大学時代に行動しまくったことは人生の宝です。苦手なことでもやればできるんだという成功体験になりました。
あれがなければ、私はもっと致命的なコミュ障になって下手すりゃ引きこもりからのセルフネグレクトで死亡みたいになってたかもしれませんし、そうじゃなくてもその後の人生、苦手なことから逃げ続ける人生を送っていると思います。
二十歳になったら親にカミングアウトして治療をはじめようと思っていましたが、19のときに母が癌で入院し、言える状態ではなくなりました。
ただ、精神科には通い始めました。今はすんなりホルモン打ってくれるみたいですが、当時は、精神科医2名の診断書がなければホルモンに進めなかったんですよ…しかも1つの病院が診断書書いてくれるまで1年通い続け、その1通目の診断書と紹介状を持って初めて2つ目の精神科に通える、つまり計2年かかります。大学時代にはホルモン打ち始められませんでした。
胸はさらしをギュウギュウに巻いて潰してました。
その後ナベシャツへ。当時はナベシャツを作ってくれているところは1社だけ、オーダーメイドでした。
私は身長が165あるので、胸を潰して、声を出さなければ、パスできる(女とバレない)ことも多かったです。
高校の時の彼女は、同棲後すぐに浮気されて別れました。
大学に入ってからも周りには内緒のまま、友達を装っていたのですが、それがいつのまにか本当に友達扱いになっていたような感じで、たいした悪気もなくバイト先の男と遊びに行って、しまいにはやっちゃったと。
二人でなければ払えない家賃のアパートを借りてしまっていたので同棲解消はやっかいでしたが、大学の友人がシェアハウスをオッケーしてくれたのでなんとかなりました。
別れてから半年後ぐらいに新しい彼女と付き合い始めました。
大学が当時にしてはとても進んでいると言うか、みんな自由で、LGBTQもそんなに珍しくはないし差別もされないような校風だったので、内緒ではなくオープンに付き合っていました。
就職氷河期ど真ん中だったし、大学が斡旋してくれる業界には行きたくなかったし、就職するなら男としてしたいという気持ちだったので就職活動はしませんでした。
卒業間際に母が他界し、卒業後はフリーターに。
社会人編はまた後日書きます。