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くださってありがとうございますニコニコ


このブログは
摂食障害を克服した私が
どのように過ごしていたのか
どう捉えてきたのか、
また、そうなった背景を
自分なりに振り返り
分析したものを綴ります。

星このブログの目的星

摂食障害で苦しまれている方へ
何か参考になったり治るきっかけや
治るまでの安心感やふっと少しでも軽くなり
自分を許して良いんだという
気持ちになって頂けたら嬉しいです。


micoプロフィールはこちら下矢印


私が何故摂食障害になったのかを
私なりに書いていきます。
深い深い根っこのところ。


それは、
私は愛されていない
私は人よりも劣っている
私には価値がない
私なんて、、、

という思い。
(後に思い込みだと知ります)


摂食障害になったから
そう思ってしまって苦しいのではなく
そう思っていたから
摂食障害になったのだと
思うのです。


他にも色々な依存症や、
(アルコール、SEXなど)
クスリ、リストカット、
またはうつ病だったり
セルフネグレクト、
引きこもりなどなど
色々な症状の出方がありますが
その根っこにあるものは
全てが同じではなくても
根っこは似ているのでは?
ないかなと感じます。


スタートするきっかけも
もちろん人の数だけ
違いはあるとも思います。


私の過食嘔吐が発症したのは
20代後半でした。
過食嘔吐の前には
過食非嘔吐(吐かない過食)
がありました。
そしてそのもっと前は
お金さえ許せば、
毎晩飲みに行く日々でした。
家にいられないのです。

10代の頃から20代前半は
何もしない静かな夜を
過ごせなかった時期がありました。
飲みに行く事もやり尽くしたような
飽きてしまった感覚に
なったのが20代半ばでした。
年齢や、居住地域でも
この辺りはまた変化しそうですね。


変わらなかったのは、
心の空虚感です。
それまでの自分の生活や行いを
愛せるはずもなく、
自己否定はどんどん進みます。
(当時“自己否定”など言葉すら
知らなかった)


心が渇いているので周りの人が
楽しい事が楽しくない。
楽しいフリをしては
どっと疲れ、虚しくなる。


こんな事も、振り返りながら
書いているので
分析できているように
見えそうではありますが
当時はそうではなく、
ただただ、生きる。
幸い、本気の自殺願望は
何故かなくて、
死にたいけど親が可哀想
とか思ったのは覚えています。
私は痛みにとても弱いので
死ぬのは痛いだろうなとか
思ったしリストカットなどの
自傷行為には至りませんでした。



悲惨なニュースを見て
遺族の方のインタビューでは
代わりに私が死にたかった
と、良く思っていました。


そして、自分が摂食障害だと
知るのも数年経った頃でした。


ざっと流れを思い出して
書いてみました。

私のおおまかな流れはこんな
感じなのですが
闇にフォーカスしたいわけではなく
どのように、何があって治ったのか
書く流れとしての一貫です!
もう少し過去の事なども
書くかと思います。