”もう 生きていくことが 難しいかもしれない”
今日という日を過ごし終えた21時47分、今一番に感じていること。
正直こうやってブログに文字を起こすのもやっとなくらいである。
でも今日こそは、寧ろ今日書けなければこれから先書くことは無いだろうと、
それくらい私からすれば絶不調の日だった。ある意味絶好の日である。
今日何かしらの文字起こし・投稿が出来れば、今後本ブログを継続できる可能性が高いからだ。
こんなことを書くと、何か重大な病気?障害か?と思われるだろうが
全くそんなことはない。
仕事があり家庭があり、”一般的に見て極々普通の人間”である。
だが、普通とは何だろう。
どこからどこまでを普通と言うのだろうか。
何と何が合っていて、違えば普通では無いのだろうか。
普通という言葉に安心する者もいれば
普通という言葉に押し潰され、見つけてもらえず消えていく者もいる。
わたしの場合は間違いなく後者である。
自分から普通に見える様に影を落としていた。
その普通という名の影は
苦しみ、痛み、悲しみ、トラウマ、トラブル、悪夢
全て 全てを飲み込んで周りから見えなくしてしまう。
発見されなかった、気づいてもらえなかった、救われなかった悲しみは
何十年というそこそこに長い年月をかけて”今のわたし”を作り出した。
本ブログではわたしの生いたち、過去〜現在にかけて
そして救い用がないほど拗らせた現在のわたしが思い考えることなどを
ただ吐露していくだけです。
薬が効き始めてきた。
朦朧とするので今日はここましか書けそうにない。
文がおかしそうなのでまた編集しないと。
寝るときの冷房はタイマーに。
ではまた、いつか。
