Silent Notes RE-D'Blog

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管理人RE-Dの独自の音楽観や日々のしょうもない雑記とか書いてますんで、

お茶でも啜りながら眺めてください。

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書店で売られている新刊達。

一説によると返本率(本屋→倉庫)は40%にも達するとかしないとか。

これらは再び店頭に取り寄せられて売れることもあるけど、それはごく一部だ。


活字離れなんて言葉は随分前から言われているけど、

そんなに離れているかは実は疑問で、

本質的には再販、つまりは中古販売が原因の一番じゃないかと思ってる。



自身を翻ると、

確かに新刊ってあまり買わなくなってて、


絶対に新刊で買うのは、米沢穂信さんと、あさのあつこさん、(ともにシリーズ連載モノだ)

くらいなのである。

これはちと少ない。



一方、中古で買うのは多い。赤川次郎や司馬遼太郎といったビッグネームから、

なんかフラフラと手にしたものまで。



本屋にはよく行くけど、あまりの商品数の多さに選ぶのが大変なので辟易している。

言っちゃ悪いが、「この文章力で出版を許していいんだろうか?」と思うようなものも意外と多い。


なんというか、業界全体が質を求めずに粗製乱造で売上を求める方向に動いているような気がして、

このままでは、良い本が埋もれてしまい、そのうち本自体が見向きもされなくなって、

みんなで貧乏状態になってしまうのではないかと。



それと相まって中古市場が大きくなってるもんだから、余計に出版界は焦るし。。。



かといって、再販が禁止されたら僕自身には大きな痛手になるし、

結局、人は自分のエゴ抜きには生きられない馬鹿な生物だなぁと、つくづく思う。

すっかり秋らしくなって、この時間にして外は暗いです。

今、空色は黒。



明け方、まだ眠いのに何故だか目を覚ましてしまう。

そんな時の空色は赤っぽい。



今日の日中はよく晴れて、かなり気分爽快だった。

そんな時の空色は水色っぽい。



日が暮れる頃、なんだか小腹が空いたなと思い、コロッケを買って食べる。

そんな時の空色はオレンジ。



一昨日はひどい天気で、外出する気がサラサラ起きなかった。

空色は灰色っぽかった。



何十億年も前に、地球がまだ陸も空も明確に区別できなかったかもしれない頃。

たぶん、灼熱の世界。そこでは紅蓮の色をしてたかもしれない。



今の人間が誰も知らないような昔、白亜紀だかジュラ紀だか知らないけど、そんな昔。

ひょっとしたら、空は緑色をしていたかもしれない。



今だって、真昼間に水色の空をずーーーーーっと上っていったら、

やがて真っ黒が空色になる。



肌色が意味不明な名前であるように、空色だって、十分に意味不明だ。


世の中には建設的な議論もある。

どうしても必要な議論もある。


そんなことは分かっている。



でも、基本的に議論というやつが嫌いだ。

多くの議論はそれぞれの立場からの主張であり、摩擦を伴うもの。


であるからには、勝ち負けの判定が付いて回る。

「あなたの勝ちです」などと明言するものではないけど、採否によって自ずとそれは知れる。



この勝ち負けというのが曲者で、勝ったほうは単純に「うちらの主張が通ったぜ」と

ご満悦してりゃいいのだけど、


負けたとされる側は、議論の場では一応の納得と妥協をみせたものの、

心の片隅には必ず「しこり」が残る。



それはイヤだ。


大体が、他人の主張を完全に打ち負かして、100%の納得を得ることなど人間同士では不可能だ。

もし、そんなことが可能なら、とっくの昔に世界中から争いはなくなっている。

その不可能を、(場合によっては多数決で)無理矢理「議論の結果」という得体の知れないものに封じ込めることで、サラリと進んでしまうのがイヤなのだ。


どんな主張にも本人がそれを推したいだけの理由がある。

どんなに理不尽な主張でも「盗人にも三分の理」というように必ず理由がある。


それをだ。

同じ人間にすぎない自分如きが打ち負かすという傲慢さ。

また打ち負かされるという不快感。

それらが気に入らない。


だから、僕は議論をあまりしない。

相手側からふっかけられたとしても、基本的に無視をする。



僕以外の人間が議論をするのは全然OKだし、

議論がなければ世の中が回らないのも分かってる。



願わくば、できるだけ議論をすることなく人生を送りたい。