ここ数日、疲労が抜けず不調の前兆を感じ取っていたので少しセーブしないとな、と思いつつ結局いつも通りの働き方をしています
自分に課したノルマのようなものを達成していくことにのめり込んでしまい、気付くと遅くまで車を走らせています
社会人の大半を個人事業主として生きてきましたが、感覚的にはお金稼ぎは趣味です
働けば働いた分、お金が増えていく
完全歩合の良いところですね
とはいえ、本来働かなくていいなら働きたくない人が圧倒的に多いであろう中で何故そこまで苦にせず働き続けれるのか
大人になって、努力が報われる瞬間や頑張った分の結果が出ること、評価される機会が減ったように思います
かつてはそれがヒットやホームランであったり、首脳陣ないしはチームメイト、チーム外からの評価だったりしました
学生としては学業面での結果が出る場面もありましたし、並行して取り組んでいた格闘技においても勝った負けたがあったわけで(主に負け)
ところが、今その機会を得られるのは仕事のみです
私にとっては増えていく収入がヒットのようなものであるということなんですね
心のどこかでずっと目に見えた結果を追い求めていて、それが可視化される報酬に強い執着を持っている
勿論、生活する上で欠かせないものでもあるので、そういう意味の執着も多少はありますが、それ以上に強いのは努力が反映される喜びなのかな、と思います
自分が一体どこでどのような評価をされているのかわかりませんが、そんな不確かなものよりもよっぽど明確に評価してくれるのが報酬という名の数字なわけで
実は自分を保つ上で最も重要なものだったりします
大前提、仕事に打ち込むということは社会における生活をしているだけで、私生活の観点では現実逃避のようなものと捉えているので、そこに"逃げている"ことは必ずしも良いことではないのですが
ふと、先が見えなくなったとき
なんとなく未来に不安を覚えたとき
ここでの評価が自分のメンタルを保ってくれているような気がしてます
今私はおそらく人生においてもトップクラスに幸せで、他所から見てもこれ以上を望んだらバチが当たるくらいの幸せを得ているという認識です
ただ、そんな中でもちゃんと憂いがあって、遣る瀬無い気持ちもある
それらから逃げるように、蓋をするように、目先の結果を求めて働いている
ここまでの記憶の中に閉じこもって、明日を見ることなく生きれたら、それもまた幸せかもしれない
やがて消えていく人に、物に、感情に、少しずつ心をすり減らしていくくらいなら、いっそのことこのまま時が止まってしまえばいいと
たまに思います
予想だにしなかった未来が、次第に輪郭を作り粗方見えてきた感覚
先の未来が想像しやすくなった故に、怖さが増した
立ち止まることは出来ないが、進むのも怖い
きっとこれから先もこの恐怖と共生していくんだと思います
積み上げるのは薄皮一枚ずつでも、失うのは一瞬
全力を出さねばきっと全てを失ってしまうから
だから仕事にのめり込む
現実から逃げるために
自分を好きでいられるように
したっ!