そんな生活を続け
流石に心配になった叔母や教師が、私の両親へ生活の改善を指摘したようで、
母は仕事でどうしても遅くなると言う事で、義父が遅くなっても帰ってくる様になりました。
当時は何故義父が帰って来なかったのか知らなかった私は
義父との生活がとても幸せな時間となりました。
学校へも行く様になり、学校からも真っ直ぐ帰るようになりました。
それをきっかけに、今度はRちゃんとの関係が険悪になっていってしまいました。
最初は何度もRちゃんから、また遊ぼうと、誘われて居ましたが
『お父さんが帰って来るから…ごめんね』
と断り、彼女を振り切って帰っていました。
それでも、毎日帰って来るわけではない義父
前に比べては帰って来る頻度は増えたものの
やはり、帰ってこない日や帰りが遅い日もありました。
そんな日は家に帰り確認した後、ランドセルを起き、そのままRちゃんの家へ向かっていました。
ある日、誰もいないRちゃんの家に遊びに行った夜
Rちゃんの家の電話がなり、Rちゃんが出たあと私に受話器を渡してきました。
電話の主は母で、今日は母も義父もみんな揃っているから
ご飯を食べに行かないか?と言う電話でした。
私は凄く嬉しくて、二つ返事で了承し、すぐに帰ると伝え電話を切りました。
Rちゃんに、『今から家族でご飯に行くって言うから私帰るね!』と言い帰ろうとしました。
【彼女の気持ちを考えられない程当時の私は幼かったのです。】
その時、急にRちゃんが帰るのを止めてきました。「何で帰るの!?今日は一緒に遊ぶって言ったじゃん!帰らないでよ」
そう、必死に止める彼女に困ってしまった私は
『でも帰らなきゃ…』と最初はやんわり断っていました。
でもどんどんヒートアップしていく彼女に怒りを感じた私
無理矢理掴んでくる手を振り払い玄関の外へ出ました。すると、後ろからRちゃんは体当たりしてきて、覆いかぶさってきました。
覆いかぶさった彼女はずっと私を叩いたり引っ掻いたり、私も負けまいと
彼女を殴ったり、蹴ったり
それがRちゃんとの初めての喧嘩でした。
2人とも顔面は引っ掻かれた血だらけに
体のあちこちはアザだらけになり
喧嘩に疲れ切った私達は
絶交だと言い、私はそのまま家に帰りました。

連絡が来てからだいぶ時間が過ぎて
家に着いた私を母が怒りながら出迎えましたが
私の顔の惨状を見るなり
怒りより心配で焦っていました。
母は私を家に入れ、怪我の治療をしてくれました。
その間何があったのかを説明
すると母は『Rちゃんは家に帰るといつも1人だから、アンタが急に帰ってしまう事が寂しかったんだろうね。Rちゃんも一緒にご飯行けばよかったね…。』と申し訳なさそうに、私に言い聞かせてくれました。
その日は結局、外食は無しになり、家で久しぶりの家族の時間を過ごしていると
ーピンポーン
と音が鳴り、母が玄関へ向かいました。
少しして、母が私を呼ぶので
玄関へ向かうと、そこにはRちゃんとRちゃんのお母さんが立っていました。
Rちゃんのお母さんは、私の顔の傷を見るなり
小さな悲鳴を上げ、何度も何度も謝ってきました。
私の母も、こちらも申し訳ない事をしたと、謝っていました。
Rちゃんのお母さんに言われRちゃんは、私へ謝罪をし、私も母に言われ、Rちゃんへ謝罪をしました。
母達が少し話をし、Rちゃん達は帰って行きました。
【その後、話ていた内容を聞いたところ、私達の喧嘩の後、Rちゃんのお兄さんが帰ってき、Rちゃんの怪我を見て、焦り、Rちゃんのお母さんへ電話、早退して帰ってきたRちゃんのお母さんが、Rちゃんの怪我を見て怒りで、文句を言いに我が家へ来たが、私の顔を見て、自分の子よりも酷い怪我をしていて、女の子の顔になんて事を…と申し訳なくなったと言う内容でした。】

その後、この事がきっかけで、私とRちゃんは関係が疎遠になって行きました。

義父が頻繁に帰って来る事も重なり、私は夜外に出る事も少なくなり、義父が帰って来るので叔母も外へ出るようになり、
家には私と妹と義父だけの生活が続くようになりました。
そんな生活が続いたある日
いつものように、私と妹で義父を挟み川の字で寝ていたのですが
うとうとしていた私の口に
何かが当たる事に気がつき、目を開けました。
そこには、見覚えのない、大きな棒があり、生臭い嫌な匂いが鼻を突いていました。
それが何なのか、最初は全然わからず、横向きで寝ていた私は、顔を上へと向けました。
そこには義父の顔があり、ニコニコと笑顔で
『これなんだかわかる?』と言ってきました。
まだ幼い私にはそれが何なのか、本当に分からず
「わからない。」としか答えられませんでした。
【それもそのはずです。大きくなったモノは見た事がなく、お風呂に入る時は、いつも小さく別のものにしか見えなかったので。】
そんな私に、『べーってしてごらん』と言ってきた義父。
よくわからない私は、言われるがまま、口を開けて舌を出しました。
すると、舌に義父は"ソレ"を押し当て、擦り付けて来ました。
臭いや味で気持ち悪くなった私はすぐ、"ソレ"から離れました。
ですが、義父は、『ダメだよ。おとうさん〇〇にこれしてもらえると凄く嬉しいな』と頭を撫でて来ました。
「何でこれしてもらったら嬉しいの?」私が聞くと義父は笑顔で
『〇〇がおとうさんにこれをしてくれたら、おとうさんはとても幸せだなーって思えるんだよ』
と言ってきて、幼い私は、お義父さんに喜んでほしい!そしたらもっと好きになってもらえる!
と思い、義父の言うがままに動きました。
最初は、義父が舌に擦り付けて来るだけでしたが、口を開けるよう言われ口を開けると
義父は"ソレ"を口の中へ入れてきました。
幼い私の小さな口にはあまりにも大きすぎる
"ソレ"は、気持ちが悪く、苦しい物でした。
一部しか入らないそれを、無理矢理出し入れされ、苦しくて泣きそうになっている時、玄関からガチャガチャっと音がしました。
その音が聞こえると同時に、口の中から"ソレ"は抜かれ、父が私の頭を撫で、『これはおとうさんと〇〇だけの秘密だからね?これをお母さんや他の人に言ったら、〇〇とおとうさんは、もう一緒に入れなくなっちゃうからね?』と
言われました。
その時は私は、もしお義父さんと一緒に居れなくなったら、またお母さんと離れ離れになるかもしれない。と思い、義父に言われた事を守る事にしました。
それから、母や叔母のいない日はいつも
義父から"ソレ"を舐める事を強要るようになりました。
義父から舐め方を教わり、一人で出来る様になった頃
ついに、母に見つかってしまいました。
母は大激怒。義父はと言うと、寝たふりをしていました。母は義父を叩き起こし、隣の部屋へ。
私に寝るようにいい、隣の部屋で大喧嘩をしていました。
義父は怒る母に向かい『俺はさせてない。寝てる間にしていたんだ!』と、言い訳をしていました。
その喧嘩を聞きながら、眠かった私はいつの間にか眠りについていました。
その次の日から、義父は家に帰ってこず、また叔母がいる様になりました。本当に何事もなかったかの様に
また前と同じ、母も義父も帰ってこず、叔母と妹と私だけの生活になりました。

その生活が続いたある日
学校から帰ると、母と叔母がリビングで私の帰りを待っていました。
呼ばれた私は、母の前に座ると
母から
『もうすぐ冬休みだから、叔母と一緒におじいちゃん達の所遊びに行っておいで』と言われました。
祖父母や叔父叔母の事は大好きで、久々に会えるんだと私はとても喜びました。
そして冬休みに入ると同時に、私はまた祖父母の家へ行き、そのまま広島へは帰る事はありませんでした。
【遊びに行くだけだと思っていた私は、クラスメイトやRちゃんに、ちゃんとお別れする事ができませんでした。】