今の時代、頑張れば稼げる時代じゃない。
努力基準と頑張ればお金になる事、努力が必ず報われるという事とイコールではないこと
前回の記事から間が空いてしまったのですが書こうと思うことがあったので書きます。
時々、若い子が勉強ってホンマに頑張って意味ある?良い学校を選んでいって、その後の当事者である子供たちの人生って…幸せかどうかって、はた目からしてどうですか?
子供に好き勝手させ過ぎの親の無責任さも、自分達が果たせなかった夢を子供に押し付けて、失敗した例ってありませんか?
それは、大人の生きてきた時代と今現在の時間軸、その世代の常識が既にずれすぎて歪みが生じていることに親御さんが気づいていない事がそもそもの理由なのだと私は考えます。
大人は失敗することを恐れ、評価されることに恐れおののき、自分がしたことの責任を自分で背負える覚悟や気付きがないから、潔くもなく果ては、当事者でもないことに対して思いを馳せないから、相手を批判して引きずり下ろすことしか考えられなくなるのです。
そもそも、自ら学び結果を取りに行くために自分のしたことに対する結果を受けきる意思がある人は、隙間の時間すら大事にします。
人の時間を奪い自分の命の時間を費やすような浅はかな真似などする暇も余裕もないのです。
「タイム・イズ・マネー」って聞いたこと、どこかでありませんか?時は金なり、ってよくぞいったもので、こういう時間ですら自分の命の時間も会社でもらう時給に換算してみたら
ごく分かりやすいと思うのです。
例えば、アルバイトで何時間か働いてもらえる時給であったら、時給換算で¥1,000-とします。
この¥1,000-を貰うためには、会社と交わした約束である雇用契約の内容を必ず実行できるよう頑張って取得しないといけませんね。
上手く出来なくても、出勤すればお金はもらえるけど信用という意味ではその分の価値は目減りして、貰える給料の¥1,000-の価値は雇う側からしたらそのお金を通して雇う価値は下がるので、雇った人を仕事を出来るようになるために
一生懸命出来るように知識や技術を与えて学んでもらわなくてはいけないので、余計にお金がかかるという負のスパイラルが始まります。
そう言うことに対して意識の低い人は、全てそこで終わりですが、お金をもらうことでやりたいことがある、目標を持ってる人は
稼ぐ技術や技能、知識などあらゆる面で他の人が真似のできない事に対して挑戦します。
失敗なんか恐れていられないんです。
そんなことに時間を費やすなら、その結果を手にいれるために失敗を力に変えて次はどうするか、その事も視野にいれ全力でその道筋を産み出すべく学び、知識を得て要らなければ捨て
このような行動を繰り返しますが、一見、無駄なようで決して違うのは失敗から何を学ぶかが大事で、その工程こそ重要でもある。
そのためには、時間もお金も使いますが
だからこそ、リスクを取って勝ちを取りに行く責任をとる潔さが生まれてくるのです。
稼ぐって、大変ですよね。お金とは、それだけのものを時間を売ってコツコツ働くだけが能ではありません。時代を読み、時には何が売れるかの戦略を練って、それを作るか
今までの経験値を生かして逆転の発想で新たな何かを作り出すか。
時には、いろんなデータ収集で手にいれたものを分析してどうしたら稼げるものを知識にして売り出すか、等…方法は無限にあります。
やり方がわからなきゃ本に聞くか、お金を払ってでも勉強できるところに行くなど、自分にお金を投資して、お金に働いてもらう構造を作れば良いのです。学校とは、そう言うことを本来は学ぶために習いまねぶためにあるのです。その練習のための場所なのです。
そう言うことを大人が教えないと、子供は何のために勉強して大人になるのか理解ができないままに苦しむ状態に陥ります。
だからこそ大人も、かつては子供だった。
でも生きてきた時代や時間軸が違うわけですから、また子供の事をより深く知るための勉強が大事なのに、それを怠っているのです。
確かに、一定の年齢までは大人が守らなければならないでしょうし、子供には判断能力が備わっていないからこそ認められていないことも
数多くあることは事実であることを知った上で関わっていかねばならないのは大人の方なのです。それを考えると大人の言うことだけが
大人数が言うことだけが必ずしも正しいとは限らないことが浮き彫りになってきます。
まずは、そこから大人は自分達の言動を見直してみて子供に関わってみるのも大事なのではないかな、と思っています。
時間がないのではなく、時にはお酒を飲むのをやめ、自分達の都合に子供を付き合わせるのをやめ、自分達は子供たちの事をどれだけ知っているだろうかと歩みを止めてみてほしいです。
そんな私は、怠け者ですが。それでも知らないことに気づかされ、新たに学ばなければならなくなりましたけれど…それでも。
望んだことが少しずつ、叶い始め人に恵まれ始め、環境に変化が現れ始めたことを有り難く、嬉しく思っています。
このブログのなにかが誰かのヒントになったら嬉しいと思ってます。
