サレ妻の日記

サレ妻の日記

不倫、浮気について。
最近思うこと・・・
更新は、不定期。


フォロー制限しました。
不倫してる方、サレ妻批判でマウントとりたい方、相手のお気持ちも考えられない方は、お断りさせていただきます。

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11月、無事に一人出産を終えた。



予定帝王切開だった。

手術中、眠気が酷くて
意識が無くなる。

(あ~、死ぬ感覚ってこうなのかな?)

なんて、ふと思った。



術後は、1日寝たきりで
いつもなら、ほとんど寝てしまっているのだが、なぜか1時間後には意識が戻って

痛みとの戦いだった。




生きてるって痛いことなんだと思う。



そして、産まれてからの新生児との生活に終われ、クリスマス、正月と


忙しい日々で













明らかに、弟がおかしいことは

家族みんなわかってはいたけど・・・


以前もニ年間ぐらい働かない時期があって

また働きだしたから


今回もそうなんだろうと、


忙しい毎日で、見てみぬふり

気になったけど、大丈夫だろうと











そして、

弟は自殺した。


それは、突然で

それは、現実とは思えない





人生で、出産よりきついもんはないと




そう思ったわたし。



不倫された時より、


子どもを産んだ時より、











心が本当に死んだ。



ひとりで、死んでしまった。


誰も、止められなかった。


今思えば、

携帯のアプリを消していた弟

『アドレス変えたいんだけど、アプリ消してしまったからこれどうしたらいい?』と

死ぬ数日前に

身辺整理をしてたんだと気づいた。




携帯には、なにも残ってなかった

写真もなかった。


わたしみたいに

苦しい気持ちをブログとか、SNSに残してないか探してみたけど

なにもログが残ってなかった。






遺書というには少なすぎる文しかなかった



『いい人生でした』と











この世で生きていることが

しんどくて、苦しくて

とか、そんなことは書いてなかった。






『お母さん、ごめんなさい。お父さん、ごめんなさい。このまま生きていても、迷惑しかかけないと思うから』と








親より先に死ぬことが一番なにより迷惑なこと




親に地獄を遺して、弟は逝ってしまった。










なにもかもどうでもよくなった1月だった。


ほぼ寝ない毎日を過ごして

赤ちゃんの世話をしながら、毎日実家に行って


葬式の準備を、わたしと、一番下の弟でやった。





親が、先に死ぬ覚悟は

年齢とともにできていた。

兄弟が先に死ぬ覚悟はできいていなかった。



いずれ、私と弟たちで、
母親が年老いた時に、お金の面でも、身体的にも面倒みていくもんだと思っていた。



父親は離婚していて
近くに住んでいた。


死んだ弟は、死ぬ一週間前に、父親に顔を見せて、
死ぬ前日に、母親に顔を見せずに『ちょっと遅くなる』と言って、目を合わさずに出ていったそう






『あの、顔が忘れられんのよ。なにか隠し事があるように、こっちの顔見なくて、あの、顔が』と


母親の気持ちを、リンクさせると

わたしが潰れそうになった。


わたしも、子どもの母だからだ


自分の子どもが、自分より先に
自分で死んでしまう選択をすること

それが止められなかったこと


後悔しても、懺悔をしても、こんなにこんなに苦しいのに、

子どもを追いかけて死にたくても

わたしと、下の弟がいて
『また同じ思いをさせると思ったら、あなたたち遺して、死ねない』と小さな声で言った。




ごめんなさい、お母さん。


苦しくても、わたしと下の弟のために
しんどい思いしながら、生きていてほしいです。










下の弟は、

本人確認のために、死んだ直後の兄を見た


彼は言った

『俺は、あいつが許せない。誰だって死にたい。誰だって楽になりたい。俺はとっくに心が死んだ』と

涙は流さなかった。

衝撃がすごすぎて、泣けなかったんだと思う

母とわたしが、毎日毎日毎日泣いてるのを見て

結婚したてなのに、毎日実家に様子を見に行っている






『もし、死のうと思ってるんだったら、俺に言え。俺がやってやるから、勝手なことしたら絶対に許さん』と


深い悲しみがそういう言葉になって出ていた。










四十九日が終わって


いつもの日常を取り戻すように

仕事に行く母と弟

わたしは、家で赤ちゃんと向き合う





ふとした時間にいつも悲しくなる


この朝の時間だ。


死んだ弟が、最後に友人に送ったLINEの時間が11時3分だった。


家族にではなく、遠くに住んでいる親友に
『最後にまた迷惑かけるけど、今までありがとう』と、

この時間までは生きていた。


12時に親友からわたしに電話がきて
『変なLINEきたんだけど、電話しても取らないし、連絡とれてます??』と




警察が動いたのが夜だった。

もし、その時間に動いても

車を飛ばしても2時間のところにいたから

結果間に合わなかった。


弟は、1日躊躇したんだと思う。


ひとりで車の中で寝たんだと思う。


見たことない、ブランケットがあった。


夜中2時頃に見つかった。


寒い山の中だった。






一人で、電気が無いところで寝て
寒くて、

思考が『もう、いいや』ってなったのかな?











わたしも、自殺しようと思ったことがある


不倫された直後、しんどくて
海に飛び込んだ。



翌日は子どもの誕生日だった。




飛び込んだ直後、寒くて目が醒めて

『帰ろう』となった




普通は、そうなんだ


寒くて、醒める




(子どもの誕生日前にこんなことして、一生の傷を子どもに、遺してしまう)

そう思うと、やる気が失せた




弟は、おばあちゃんのお祝いの集まりに出席せずに、翌日一人で、昼間死んだ。


普通は、太陽が出てると

そんな気分にはならないでしょう?


昼間は暖かくて、穏やかな日だったと思う

夜から大雨で寒かった。


弟は、病気だったんだろう

心が、『死』とゆう、一択しかないぐらいに

周りの環境におかされることなく


病的に『死』しか見えてなかった



それで、こんな結果になってしまった。










お金のことで困っていたんだろう

コロナで、仕事が切られて

実家に帰ってきた弟。

しばらくは、雇用保険で過ごして

それから、職業訓練に行くと言っていたけど、コロナの何回も緊急事態宣言で、行けずにいて


ほとんど、家か、釣りに行っていた。



その自殺した日も、一人で釣りしに
行ったんだと思う



釣り竿が
かかっていたらしい






それで、夕方に遺書をかいたんだと思う

携帯の履歴をみると、
『人生の書き方』

みたいなのがあった


なにかを伝えたかったはずなのに、
なにも特別なことはかかれてなかった


元々、なにも自分のことは話さないタイプだった










わたしが、妊娠してるいるとき

何度か、妊婦検診に連れて行ってくれた



出産一週間前に、

必ず検査しないといけなくて

お腹が大きくて、長時間の運転に自信がなくて

旦那に休めないかお願いしたら
『できない』と、言われ

病院で泣きたくなってきて

弟に『ごめん、この日用事あるみたいだけど、できない?』って聞いたから


『午前中だったら、いいよ!』と


なんでも、『いいよ』って言ってくれる弟だった。


本当に、本当に優しくて、
泣き虫で、弱くて
そして、馬鹿なやつ










お金で困ってたんだと思う。

支払いできなくて、
仕事が無くて

親が『代わりに出しとくよ』って

言えば、

俺はなんでこんななんだろうって思ったんだろう




お金のせいで、弟は死んでしまったのか


そう思うと、むなしくて










親二人は、警察署でも喋れず

わたしと下の弟で対応した。


わたしは父親と、仲違いした

『あんたのせいで』と言ってしまった。


その言葉は取り消せないと思う


それでも、どうでも良かった。




父親を傷つけたけど

弟を供養して、

もし、あの世があるなら
自殺なんてしたやつは、幸せに過ごせないだろうと
ふと思って、
ありとあらゆる供養してあげたかった

お金をたくさんかけて

ほぼ赤ちゃんは、旦那の家族にお願いして

たくさん供養した。

たくさん祈った。

その行動が、父親には理解できなかったんだと思う

『俺はやりたくないからやりたくない』そうゆう人だ。



それで、ぶつかった

下の弟が『お姉ちゃんの気持ち考えて、やらせてあげて』と

それで、しぶしぶ父親が参加してやった


旦那ともますますうまくいかないし

わたしに、人生でいちばん酷い言葉と思うことを言った

『俺たちはどうなる?』みたいな


今は、どうでもいいんだよ

そんなこと

お前のことなんか考えていられない



そう思った。


そんなやつと、一緒のお墓に入りたくない

わたしは、弟と同じお墓に入りたい

寂しくないように


必ず、母親が死んだら一緒にしてあげるから

寂しくても
自分が勝手なことするから一人でいるんだから

そこは我慢しなよ!って


そう、思った。


知らない、じーさん、ばーさんのお墓に

若いまま入った弟。

もし、あの世があるなら
また一人で怯えてないかな?と




火葬場で、最後のスイッチは
母親ではなく下の弟が押した。

最後に母が一緒入りそうになって

それを、わたしと下の弟が引っ張って止めた。

父親は見ていた




こんなときに、父親が夫が

引き留めるもんだろうけど










弟のことを、思い出したり

苦しみを文字におこす作業をすると

涙がでる


そして、また前をむく

後ろ向きになることは、悪いことじゃない

前をむくことの、ステップだと思う


寂しく思うことも、
苦しく思うことも


あって当然で、必要なことだと思う


それを感じれないことが
心が死んだことだと思う


わたしは、まだ母親を監視している

GPSつけて、毎日仕事に行っているかを確認する

下の弟も、幸せになってほしい

結婚して、支えになるパートナーがいてくれてありがたいと思う

わたしは、子どもたちに支えてもらっている






『ママの、ヒーローになってあげるから、大丈夫だよ』と言ってくれた

わたしが、家でわんわん泣いていたからだ


そんなわたしに、旦那は『なんで泣いてる?』と



旦那の前では泣かなくなった


旦那がいない、昼間に泣くことにした


母親が泣けるように、わたしは母の前では泣かなくなった

母になんでも言ったけど
(わたしも、自殺しようとしたことがある)なんて言わなかった


これ以上、家族を傷つけたくなかった



こんなにも、人を傷つけた弟を

憎いなんて
思わなかった。


憎しみなんて、微塵もなく


感謝しかなく

旦那が、わたしを捨てたように感じた
病院で、泣きそうになった日に

『いいよ』と言ってくれた弟

『二人が無事ならそれでいいよ』と言って喜んでくれた弟


産まれたばかりの赤ちゃんと、死んでしまった弟



旦那の家で、子どもの2月の誕生日をしながら、実家で弟の葬式をしなければいけなかったわたし


凄いストレスがかかっていた


目が半分霞んで

なにも見えなかった




たぶん、なにも見たくなかったんだろう




わたしの心が叫んでいた










もし、また生まれ変わりがあるなら

同じ家族に必ずなりたい


わたしは、わたしの家族を守りたい

そんなに、苦しいなら
お姉ちゃん一生守ってあげたのに、

もう、子どもは産まないつもりだけど

もし、また妊娠することがあれば

わたしの子どもに生まれ変わってきてほしい




産まれたばかりの赤ちゃんが

弟の小さい頃によく、似てて
それを見てまた、涙が出た。