もぐらと星の物語 -17ページ目

世の中が よくわからない

  僕の母宛に 130万円の 差押えと督促状が来た。

  激怒する母に 「ちょっと待って! あの人に電話してみるから」

  と言ってなだめる。

 

あの人とは 僕のお嫁さんだった人だ。

 

 

 

 僕がまだ 結婚していたある日

あの人が 大きな箱を家に持ってきた。

会社の人に 貰ったんだけど どうだろう?」

それは 幼児から小学校六年生まで使える パソコン用の学習教材だった。

小学一年の算数を開いて

  ” まずまずじゃない? ”  とあいまいに返事をした。

ちょっと不思議だとは思ったが それ以来 その大きな箱は家に置かれることになる。

決して 積極的に使われることなく・・・

  

それから一年もたたないある日 僕は車の中で 督促状を見つけた。

月々33,000円の支払いが 二ヶ月滞っている。

問いただしてみると あの教材のローンだという。 元本は100万円だとか・・・

「どうしても 欲しかったの・・・ 私が働いて ちゃんと返すから・・・

” 僕は あなたに もっともっと 子供達と一緒にいてあげて欲しい。

 そんな物のために 働いて欲しくない! ”  と言ったが 僕の言うことを聞くような人ではない。

そして 信販会社の手違いで 名義人が お母さんになった と言うのだ。

 

このあと 僕が家計簿をつけ始めたが 毎月赤字だし 4~5万不明な金額がある。

あの人は ひとつの通帳を出そうとしないのだ。

失くした というのだ。

後に 銀行に行って そうではないことが 判明するのだが・・・

 

自分が働いて 稼いできたお金が 何に使われているのかが わからない。

貯金もできず 不安だし 働く気力を失くしそうになる。

それでも 家族のために使われているのだと思い込ませてきた。

しかし すこし経ってから 

僕は ” 僕のお嫁さん ” が 

家族のためを考えて行動しているのではないのかも知れない と思い始めた。

教材にしても あの人が所属している宗教団体のために買った という可能性を

否定できない。  肯定もできないけれど・・・

あの人に 「違うよ」 と言われても

僕には その言葉が正しいのか正しくないのか 判断がつかない所まで来ていた。

 

その結果 僕とあの人は お互いを信じられなくなり 離婚した

  

  

 

  

  

   あの人から 返事の電話がきた。

   「あと 50万で いいんだって・・。

    だから 明日 30万払って 残りを分割にしてもらうよ。」  悪びれる様子もなく言う。

   ” だって 元金100万円で なんで 一年半で 50万になるんだよ。

    それは ちゃんと 払ってたらの 金額だろう? ”

   「いや 担当の人に 聞いたから・・・」

  

恥ずかしいことだが この時初めて その信販会社に電話をする。

「私が 働いて ちゃんと返すから・・・」 という言葉を信じてしまった 僕が悪いのだ。

  

   ” 名義人は 僕の母親で ローンを組んだのは 僕のお嫁さんだった人です ” と言うと

   「お母さんは 何才ですか?」 と聞く。

   ” もう 75です。 昭和5年ですから・・・ ”

   「はぁ~ なんとなく状況がわかりました。名義人さんは 40才になっているんですよ。

    だから うちの会社の者が会いに行っても会えないんですよね。

    ”私は妹です。” とか ”ベビーシッターです。” とか言われて 帰されちゃうんですよね。」

  

   ” ・・・ ”

   ” 実際のところ 元本は いくらだったのでしょうか? ”

   「元本が145万円。 今の残高が 130万円。」

   ” それで 50万で いいというのは? ”

   「名義人が 本人ではなかった ということを調べられなかったのは こちらの落ち度ですし

    あなたの元妻さんの返済状況は あまりにひどいので あと50万円一括で支払うなら

    それで ”この件は なしにしましょう” という事です。

    ですから もう あなたのお母さんに 返済してください ということはありません。」

   ” はぁ そうゆうものなんですか・・・ ”

   「はい そうです。 わざわざありがとうございました。」

   ” いえ こちらこそ すみませんでした。 ”

  

未だに 理解できない

 

145万円のローンを組んで たぶん20万くらいしか返していなくて 

それが どうして あと 50万なのか?

75万円 損をしてまで この会社は 僕のお嫁さんだった人 とは もう係わり合いたくないのか?

 

要するに ブラックリストの上位にランクされているのか?

それとも 低所得者 だからか?

それとも 嘘つき だからか?

 

あの人は こうなることがわかっていて ローンを組んだのか?

 

 

そして 僕は どうして あの人 を お嫁さんにしてしまったのだろう?

どうして 約5年も 気づかなかったのだろう?

  

あの人は このことで 僕に 他の人に いくつ嘘をついたのだろう?  

 

長野県辰野町 ほたる祭り

去年 長野県の諏訪湖の南 約10キロほどの所にある

辰野町 へ ほたるを見に訪ねた。

 

毎年 六月の 第二・第三週の週末に ほたる祭りを 開催する。

町をあげてのイベントである。 

 

この町のことは さだまさし の ” 風の篝り火 ” (かぜのかがりび) という曲と 彼の本から知った。

” 風の篝り火 ” は

田舎に残った男と 都会へ出て少しずつ変わってゆく女が ほたる祭りで 別れを感じる という内容。

その別れの舞台に ほたるが舞い上がる様を  ” 風の篝り火 ” と表現している。

 

無数のほたる が 飛ぶ様子を 炎の火の粉  篝り火 となぞらえている。

では 何故 ” 風の ” なのか?

ほたるは 飛ぶことが とっても下手なんですって(笑)

ちょっとの風にも 流されてしまう。

渓谷の 川面からの風が 無数のほたるを舞い上がらせる。

光のベールのような光景だろう。 それを ” 風の篝り火 ” といったと思う。

 

昔 辰野町のある高校生が さだまさしに約束した。

「もう少したったら この町で ほたる合戦を見せててあげますから・・・」

  

約束どおり 去年の一番多い日は 16000匹のほたるが 暗闇の中を舞った。

 

僕が行った日は 雨上がりで まだ気温も低く 4000匹くらいだった。

雨のせいで あまり 飛んではくれなかったけれど

それでも 暗闇の中 優しく点滅する たくさんのほたるに

幻の世界へ連れてゆかれる。

二万匹のほたるが 乱舞するさまは どんなに素適だろう!

 

” 風の篝り火 ” は 別れてゆくふたり だけど

始まったばかりの ふたりが このほたるの中を歩けば

堅く手をつなぎ 幸わせな顔になれるのではないかな。

 

 

 

この町は いわゆる 観光地 ではない。

お祭りでは 女性達が ゆかたを着て 盛り上がっているのだけれど

都会からほたるを見にきた人の大半は ほたるを見て他のところへ行ってしまう。

温泉などの宿泊施設がないからだ。

僕も 食事をし おみやげを買い 

申し訳なく思いながら この町をあとにした。



 

 

 

真夜中に・・・

真夜中に 金だらいで ひたすら頭を殴られ続けている。

失神しているのに まだまだ 殴られ続けている。

僕は 抵抗できない。  あたりまえだ。  失神しているのだから・・・

  

  

  

  

rachel-matis さんの 「男は過去に生き、女は未来に生きる」

を 読んでしまったからである。

まったくもって 正しいことを 言ってます!

間違ってません!

 

僕は 反論すら出来ません・・・

  

僕は 「自分」 という人間を理解して貰いたくて 度々 過去の恋愛話をする。

あっ ここで の話ぢゃなくてね。

今 思うと ぞっとする・・・

女の人が どう思って聞いていたかと考えると・・・

  

  

  

「そう その人には そんな事言ったのね。 ・・・  あたしにも 同じこと 言うの? 」

 

 

  

かなんか 言われたら 

やっぱり 三日くらい 寝込むだろうなぁ~

 

恋愛談義は 付き合う予定のありそうな人と やってはいけない!

いまさら 遅いけど 

だって やっぱり 新鮮味がなくなってしまうものね。

ドキドキ感も なくなっちゃうのかな。

その人の いいところは 教えられるのではなく 自分で発見するから 楽しいんですね。

 

でも 僕としては

そのドキドキ感を通り越した

落ち着いた 安心感が とっても魅力だと思うのですが

女の人は 未来へ向かって どんどん先を 歩いてゆく。

女の人の やりたいようにさせる僕は いつも 取り残され

新しい男の登場で 物語は終わる。

 

 

 

    そっか ちゃんと 説明つくなぁ~

  

  

  

なにも 世界中の女性達に 愛されたいとは思わないけど

せめて 一人や二人・・・

あっ ひとりで いいのね    すみません

  

  

未来ねぇ~

今 この暑さに 溶けてしまいそうな僕には 未来を考えるだけの思考回路がない・・・ 

  

  

ついこの間までは いろいろと 子供がらみの夢はあった。

 

色盲で教師になれなかったから 子供達が小学校の高学年になったら

近所の子を ほんの少しでも集めて 仕事の片手間に 安~く 塾でもはじめて

落ちこぼれの子を無くしたい・・・   とか

 

みんなが もう少し 大きくなったら

犬を飼って 週末ごと 大きな公園で みんなで じゃれる

富士山に登る

北海道にフェリーで行き 車で 一周する

ほたるを毎年 見に行く     (ほたる祭りについては 近々、  あっ もう 今週だっ) 

更に もう少し 大きくなったら

東北四大祭りをまわる     特に ねぶた祭りでは 跳人になって 足が棒になるまで踊る・・・

  

なんてね    いろいろ あったんだけど・・・

 

  

お嫁さんだった人には 家を追い出され 

子供達にも 「バイバイ また来てねぇ~」 と明るく言われ

「いい人なんだけどね」 と諦めともとれる言葉を投げかけられ

過去の想い出に しがみついていて

未来に夢を見つけられない 中古品の僕

やっぱり しばらく 失神していたほうが よさそう・・・

  

  

  

  

  

  

  

  

最後に もうひとつ 言わせてください!

 

僕は 初恋の人 だけじゃなく 係わってくれた女性 全員が 忘れられません !!!

 

瞬間を永遠に・・・

ある哲学者(女性です) と 恋愛論を展開していた

 

僕が 二週間しか一緒にいなかった女性のことを

一年以上 想い続けていた事があると話すと こんな 返事がきた

  

  

  

  

  

若いときの無防備な恋は 眩しいものね・・・

良いではないですか!・・・

きっとその方も けんちゃんのこと 切なく思い出したりするんでしょうに・・・

  

人の心は合わせ鏡・・・なんて、思わない?・・・

それに、肌と肌を合わせた人との記憶は決して薄れていかない・・・

時の経過に薄れることなしに、その時の光景に一気にワープする・・・

  

究極は永遠ですよ、だから・・・

そう、瞬間を永遠と思うことが叶うならば・・・

  

  

  

  

  

  

   この返事を貰って だいぶ経つのに 

   まったく意味がわからない。

   具体例と合致しないのだ。

   ” 瞬間を永遠と思う ”  ・・・

  

  

 

ケーキを食べている ” 瞬間の幸わせ ” を 永遠に感じる・・・         無理だよね

  

大好きな人を 抱きしめていた 幸福感 を ずっと 持ちつづける・・・     出来そうだけど・・・

                                                寂しくならないかなぁ~

  

  

確かに 最近 昔の優しい想い出達によって

ひとりでいても 幸わせを 感じることができる

  

でもね 

それって 偽りの 幸わせ  だから

ずっと  というわけには いかないよね

それに 夢も希望もある 若い人達には して欲しくない

  

 

う~ん                                          (最近の 口癖)

  

 

     

   

   もしかして これって トラックバック 不成立?・・・

   

  

  

立会い出産   志麻ちゃんへのお手紙

志麻ちゃんの旦那さんになる人は、出産に立ち会ってくれる人がいいよ。

何故って、やっぱりあの感動を夫婦で共有してもらいたい。

僕は 自分の3人の子供すべて立ち会えている!  すごいでしょう!

長女の澄玲(すみれ)ちゃんは 産婦人科医院だったので ドア越しだったけど

下ふたりは 助産院だったから 出産の介助までしたのですよ。

 

でも この僕も 最初は乗り気じゃなかった 正直言うと・・・

だって 血を見たら 僕が失神しそうだし 

実際 僕がその場に居て 何ができるのだろう? と 考えてしまうし

いざ 産まれる! となって そうそうタイミング良く 時間が取れるかもわからない。

確かに 僕が すべての子供の出産に立ち会えたのは 

僕の仕事が ものすごく 融通が利いたのと 

お嫁さんが 「この日に産む!」 と言って それを実行できたからなのです。

だから 立ち会うことに賛成してくれて もし 時間的に 立会えなくても 責めないでね。


病院によっては 助産院はもちろん 出産前に 父親学級 と言って 

出産時に立ち会うに当たっての お勉強会をしてくれます。

赤ちゃんとお母さんそれぞれが 頑張って出てくる事 次になにをするか などを教えてくれます。

これによって ” 父親 ” の不安は 薄れてきます。

まぁ 何組もの夫婦が集まるので いろんな夫婦像が 垣間見えて

結構 恥ずかしいものですけど・・・

  

澄玲ちゃんの時は 僕は初めてだったので とにかく無事に 母子ともに 無事にと

そればかり 祈ってました。

病院のドアの向こうで出産が始まる。

ママちゃんの 「もう やめる~」 の叫び声に 一瞬青ざめて オロオロ

おそらく 一生のうちで 一番情けない顔を していたでしょうね。

看護婦さんに 赤ちゃんを見せられたけれど ほとんど 覚えてない。

測定機器をお腹につけた ママちゃんが 生きていたので安心し 

夜勤明けだったので そのまま病室のカーペットの上で寝てしまった。

  

2人目の徹哉くんは 午後 助産院で産まれた。

お昼頃 「産まれそう」 と電話を貰い 「帰ります」 と 会社に言い残して向かう。

手をつないで 助産院の廊下を何往復か歩くと (出産を誘発するために歩くのです) 破水し

僕が 低いソファーに足を開いて座り

その間に ママちゃんが 立ち膝をして 僕にしがみついて 力を入れる。

やっぱり 苦しそう  耳元に 震える吐息がある。

「頑張って」 なんて言葉は出ない。 ただ 名前を呼ぶことしかできない。

そうして 文字通り ” 産み落とす ” ことができた。

助産院のすごい所は ここから

産湯なんか使わない。

産まれてすぐさま ママちゃんを 仰向けに寝せて その胸の上に あかちゃんを這わせる。

産まれて急激な環境の変化にあかちゃんを驚かせないように ママちゃんと離さない。

安心しているから あかちゃんは泣かない。 泣かない赤ちゃんは危ない というのは 嘘だ。

10分もしないうちに もちろん 目も見えないのに おっぱいを探して 口に含むようになる。

僕が へその緒を切り落とし そこから 小一時間ほど 3人だけで 誕生の喜びを 静かに味わう。

ビールが運ばれ 先生方ともう一度 お祝いをする。

かなりの未熟児だったりすると 病院に送られるが 助産院では 母子が離れることはない。

 

3人目の毅紀(たかのり)くんは 朝産まれた。

しかも ママちゃんの予定より二日早く 平日の 8:10 だった。

先に 助産院に入った ママちゃんを追いかけて

またまた 夜勤帰りの僕は 子供たちを連れて 保育園の用意をして 助産院に向かう。

ここで 大変なミスをする。

朝食のことが 頭から すっ飛んでいたのである。

仕方なく 院長先生に おにぎりを作ってもらい みんなに食べさせながら 様態を見る。

8時になり 保育園へ行こうとした時 始まった。

もう こうなったら 家族5人全員での立会いである。

徹哉くんの時と同じ格好で 産む。

ママちゃんが 大きな声を出すと まだ 2歳の徹哉くんも 泣きはじめた。

そうして 全員で 新しい家族を迎える。


 

 

ね、とっても貴重な感動的な体験でしょ

こんな体験したら 旦那さんは 志麻ちゃんのこと もっともっと 愛おしく なるんじゃないかな

そうして ふたりの 大事な大事な子供を 大切に 育てて行けるよね

  

P.S.

3回の立会いで 僕は ” 現場 ” を見ていないのです。

男の人の中には ” 現場 ” を見たら 「ダメ」 になっちゃう人もいるらしいから 気をつけて・・・

それから 病院に お酒を飲まないと来られない なんて人は 殴っていいです・・・