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15日の日曜日、高校の同窓会女子部の総会がありました。伝統ある男子校が、戦後、新制高校になった時、共学校になりました。4回生の時に最初の女子が入学し、学年で7名だったそうです。当時の男子は、一学年に300名以上いたと思いますけど。ほぼ男子校に、極少数の女子が混じる共学状態が、約20年間も続きました。23回生の私の学年になって、初めて全クラスに女子がいるようになりました。それでも、男子約400名に対して女子は72名、9クラスに各8名でした。それから徐々に女子の比率が増え、今では完全な男女同数の共学校です。そんな「女子少数派時代」が長く続いたので、同窓会女子部ができました。男子だらけの同窓会へ参加してもつまらない・・・という女子の声が発端です。「女には勉強は不要だ」「頭の良い女は嫁にいけない」が常識の時代です。女子の大学進学には、親の猛反対がつきものだった時代でもあります。先輩になるほど、卒業生名簿の最終学歴が「高校卒」の方が多くなります。昭和27年生まれの私でも、大学進学の時に、親戚から苦言がありました。「本家の嫡子が4年制大学へ行ったら婿が来なくなる」というものです。大学進学は認めるが、女だから短大にして早く婿をとれ!! という意味です。父は、兄弟たち親戚からの私に対する苦情を、一蹴してくれました。時代錯誤も甚だしい!! と親戚に怒っていましたが、まだまだそんな時代です。結果は、苦言を言った親戚の娘たちは、みんな4年制大学へ進学しています。               「女だけの話がしたい」が、同窓会女子女子部が誕生したきっかけです。男だらけの学校で少数派女子が萎縮していたのかというと、そうでもありません。男子の中の女子は、とても大切にされるので、みなさん楽しく過ごされています。もともと、男子の中で生きられないタイプの女子は入学しませんしぃ σ(^_^;)私たちの学年だけではなく、どの学年も、たぶん、女子が強いと思います。少数派だけど、心優しい男子に守られて、女子のわがままが通る環境なんです。男女同数になった今は、明らかに女子が優勢だと、外から見る私でも感じます。それでも、女子たちは、女だけの話をしたいと思ってしまうようです。それは出産、育児、家事など、昔は女だけが背負った生活があったからでしょう。嫁として、妻として、母として、女だけが感じるストレスがあったからでしょう。さらには仕事と子育ての両立、出世と家事との板挟みなど、今も悩みがあります。子どもを生まず、だから子育て体験や、孫の世話体験がなく、結婚をやめてしまい、だから嫁姑的な義家族間のストレスや嫁の苦労がなく、仕事を中止しているので、仕事上のストレスさえもない私は、いつもかなり場違いな感覚をもちながらも、参加すると、楽しい会なんです。それが「女子会」の魅力かもしれません。               小学校時代から「女子の友達」が、極端に少ない私でした。妹と2人だけなのに、「女の子の会話」が、とても苦手なんです。小学校時代から、毎日、男の子に混じって、釣りなどをしていました。気が向けば、男の子たちと外で遊び、嫌なら一人で読書、が好きでした。何よりもは、人形遊びやままごとが嫌いで、つるんで動くのがイヤでした。妹と女の子らしい遊びをするのも苦手で、互いに別々の遊びをしていました。女の子の「いつも一緒」という感覚が、生理的に受け入れがたく、ダメです。学校にいる時はそれなりに遊んでも、それ以上のつきあいは、苦痛なんです。中学生になった時に転校生が来て、委員長の責任上、彼女と友達になりました。彼女が環境に慣れて友達を作るまでの話し相手、程度のつもりだったんです。東京から転向してきたその子と、なぜか気が合い、学校以外でも会いました。といっても、一緒に教会へ通ったり、買い物へ行ったりした程度ですけど。私としては、画期的な事だったんです。彼女とのつきあいで、少しだけ、普通の女子の気持ちや会話を学びました。高校進学の時、私は進学校へ行き、彼女は私立へ行き、そこで別れました。高校進学をした後は、じつは、私にとっては、ものすごく楽な世界でした。「女の子が好きそうな話題」を考えることなく、自分をぶつけられる仲間。政治の話題でも、趣味の話でも、知的好奇心のカタマリのような女子ばかり。それまで「親友」という言葉を使うほど心を許した相手はいなかったけど、高校時代は、ベタベタすることなく「親友」と感じられる女子もできました。何十年のブランクがあっても、一瞬で昔の感覚に戻れる友人たちです。               高校時代の女子の仲間感覚の延長線に、先輩や後輩がいました。6年前、同窓会女子部の会長を勤めた時、縦の繋がりができました。在校時は、上下の2学年しか繋がらず、それもクラブ活動などだけです。卒業後には、10歳以上の年の差があっても「同窓」という仲間意識があります。会長時代、いろいろな事で繋がった方々との再会が楽しくて同窓会へ出かけます。お元気そうな姿を遠目で拝見するだけでも、こちらも元気になれる大先輩から、いつも元気で明るい後輩たちまで、元気パワーがいっぱいです。「同窓会女子部」の存続について、常に議題になり、賛否両論に分かれます。同じように男子校に女子が混じり、その同窓会女子部が解散した高校もあります。時代とともに「女子だけの同窓会」の必要性が薄くなったのは事実です。私は、男子が圧倒的に多い同窓会総会にも参加しますが、雰囲気が違います。女子が萎縮している・・・という事は一切ないけれど、会話の中身が違います。男女で語り合える無難な話題、共通の話題、今の話題などで盛り上がるけれど、女子会的な会話は、遠慮ではなく、男子との関係で、自然に出てこなくなります。「同窓生」としての仲間意識と、「女同士」の意識は、また別なんでしょうね。「同窓会女子部」という大規模な女子会に参加し、その楽しさを再認識しました。このブログを読んでくださっている同窓生の方もいて、それにも感激しました。先輩も後輩もなく、「同窓生女子」というくくりで関われるのは楽しい体験です。全国には、どのくらい、全校同窓会とは別の「同窓会女子部」があるのでしょう。男女同権だから、男女共働だからと、何もかもを男女一緒にするのは間違いかも。男女平等論だけではなく、「男性」や「女性」の意識をバランス良くもつことで、本当の意味での「男女共存」が成立するのではないか・・・と最近は思います。今までは、男女の性差を否定する議論ばかりだったけど、疑問もあります。「同じようにできる」事と、「違う価値観でも同じことができる」という事は、似ていて非なるものです。男女差があるという当然の前提を認めあい、その上での平等・共働・共存こそ新しい時代には必要なのではないかと、改めて感じています。ブログ村と人気ブログランキングに参加しました。良かったら、下のマークをクリックしてください m(u_u)mにほんブログ村 ヒメの宮殿・manaの老人ホーム日記のブログ ...