「松永天馬・言葉の世界」NHK文化センター京都教室、レポ
昨日、11/13㈰は、NHK文化センター京都教室へ、「松永天馬・言葉の世界」の特別講座を受講してきました。松永天馬さんについては、こちらの画像のプロフィールを参考にしてください。このブログは、今回講座を受けれなかったお友達へ向けて。そして、京都まで足を運べなかったアーバンギャルドファンの皆様が読んでくださったら。少しでも今回の口座内容が伝わったら。と思い、書こうと思ったものです。そして、自分の記憶の記録のためにも,,,,,,削除依頼があれば、投稿を破棄します。14:20開場/15:00開講14時過ぎにはすでに列ができておりました。開場し、教室へ入ると机はなく、椅子だけが放射状に置かれており、入って右手が講師が立つ側になっており、正面にスクリーン。右手にホワイトボード。左手の前方にキーボード。右手ホワイトボード前に譜面立て(のちに天馬さんの書類置き場になる)やマイクスタンド、といった感じで配置されておりました。わたしはホワイトボードの字がよく見える場所がよかったので、まんなかよりの左側に座りました。しばしの待ち時間のあと、NHK文化センター京都教室の担当の方が挨拶、そして手短に講師・松永天馬のプロフィール紹介。そして正面左手のドアから登場。「あ、あ、あ、、、」と、マイクを手に持ちマイクチェックをしているのかと思いきや「あ、あ、あ、、、」と言いながらホワイトボードに「愛」の文字。「あい」と発言。愛を消し、英語の「I」と書き直す「上(うえ)」と言いながら天井を指さす「おか」(空いている椅子に腰かける)「きく」(耳に手を当てて、聞いているしぐさ)「けこ」(しぐさ覚えてない,,,)さぁ~~~~!!!しぃっ(人差し指を唇に当てて)、すぅ~~(息を吸う)、せそ(覚えてない,,,)たちつてと(覚えてない,,,)な~に~~~~ぬねの(覚えてない,,,)は~っはははは!!!(大きな声で)ひぃ~ひっひっひ、ふぅ~~~~~、、、へぇえぇ~~ほぉぉぉ~~(感心するような)ま!!どうも松永天馬です。という、自己紹介からスタート。おそらく、詩のボクシング等で披露していたものと思われる。以下、取ったメモをもとに書いたものです。なぜ今の仕事をするようになったのか?言葉と共に生きていくこと1982年生まれの芸能人を知っていますか?と、二人の方を指名。一人の方は、「櫻井翔」もう一人の方は、「俳優の瑛太」松永さんは、宇多田ヒカルや、酒鬼薔薇せいと なども82年生まれだとおっしゃり、ホワイトボードに「宇多田ヒカル」「酒鬼薔薇」と書く。82年生まれの若者たちは、キレる世代、狭間の世代と呼ばれていた。ちょうど、インターネットが普及し始めたのがそのくらい。(中学生頃、と言ってらしたかな。)ネットとリアルの境界線が、、、ネットとリアルの狭間で苦しむ諦念ネット掲示板で犯罪を予告したり。小さい頃は読書家だった。灰谷健次郎さん(児童文学)や、松谷みよこさんの本をよく読んでいた。週に一度、だれに頼まれてもいないのにクラス新聞を発行していた。毎週土曜日に出すことにしていて、金曜日の夜は小学生だというのに深夜12時まで原稿を書いている時もあった。泣きながら書いているときもあった。使命感があった。そんなとき、母親に、新聞を書くのを休みなさいと言われ、ぼくにはプライドがあるんだと反抗。そのあと言われた母親の一言にショックをうける。「そんなプライドは犬に食われてしまいなさい!」なにかを表現したい という気持ちが強かった。国語の授業でも賞をもらったり作品を作ることに執着していた。卒業アルバムには、将来の夢は芸術家と書いていた。高校では、文芸部、演劇部、軽音楽部、生徒会に入っており、生徒会長をしていた。あるひ登校中、聖ギデオン教会(協会?)というところが配布している聖書を、受け取り登校中に読む。信仰心はないのだが、心に響いた一節があった。「はじめに言葉があった言葉は神と共にあった万物は言葉によって成った。成ったもので言葉によらずに成ったものは何一つなかった。言葉のうちに命があった。命は人間を照らす光であった。」大学は同志社大学、神学部へ。受けた理由は二つ。同志社大学の神学部は、クリスチャンではなくても、実家がキリスト教じゃなくとも入れたから。それから、AO入試で入ったとおっしゃった。同志社の文学部哲学科も受かったそうだが、神学部へ入学。暗い小説ばかり読んでいた。ドストエフスキー暗いロシア文学作家になりたかったが、なにか賞をとったり、新人賞をとるしか作家にはなれない。だかなかなか賞はとれない。努力 と 想像力(イマジネーション)、そして 創造力が必要。想像力とは、みなさんどんなものを思い浮かべますか。普段の生活でどんなときにつかいますか。天馬さんは、「人間関係」とホワイトボードに書いた。「対人関係」とも書いた。大学1,2年のときは、自分の殻にこもっていて「想像力」と「創造力」この二つがなかった。だから、どんなに努力してもみのらなかったのだと、気づく。高校生の時、詩のボクシングに出る機会があった。BGM、楽器を使うのはNG。体を叩いて音を出すのはOK。大学一年の時、2回チャンピオンに。大学在学中にもう一度チャンピオンに。ささりんさんと対決したときの映像がYouTubeになぜかアップされていたので、教室のみなさんで観る。詩のボクシングに出場して、コミュニケーションがだんだんわかるようになってきた。「恋をしに行く」2009年にPVを撮ったが、歌詞を書いたのは2002年、二十歳の頃。歌詞を見てみると、すべて頭韻を用いている。この歌詞を書いたとき、「自分は天才だ!!!」と思ったという。特別な一曲だそう。PVをみなさんで観る。そして、社会人。デンツーも受けたが最終面接で落ちる。カジノ関係雑誌の編集部へ。そこで80歳の編集長に言われた言葉に、三度目のショック!「おまえ!この若僧!雑誌はどうやってなりたってるか知ってるか!?」「広告料がないと成り立たないんだよ!!!」資本主義にバカーン!とやられた。「セーラー服を脱がないで」PVをみなさんで観る。わたしは、このPVはたくさん血が出るので苦手なので、下を向いていた、、、。このPVは、雪の降る4/1に撮影された。聖書がテーマ。少女懐胎(まだ開陰していない少女が妊娠出産する)音楽で表現すること自分の肉体を通して、どれだけ言葉を発していけるかけいさまが後ろの席からやってきて、ピアノ(キーボード)伴奏つきの詩の朗読。都市は優しい(京都に住んでいるときに書いた)東京への手紙僕は吸血鬼か君について詩をよみおえたあと、ホワイトボードに「愛」と書き、ドアから退出。(ちなみにドアに鍵がかかっており開かず、ドンドンドン!と、叩いた末、開いた。)以下、感想。松永天馬の世界へ「ようこそ」と言われたような感じ。言葉の大切さを知る。ツイッターなどでつぶやくのも楽しいが、自分の手でノートや紙に字を書くのも良いと思った。自分の好きなことを、やりとおしているなぁ!!と思った!そこがとてもかっこいい。私がアーバンギャルドをかっこいいと思うところはそこだと。最強の「松永天馬入門」だった。つたない文章ですが、最後まで読んでくださり誠にありがとうございます。記憶の記録。11月14日(月)