今日は朝からレッスンで歌い、オペラ(授業)の合わせで歌い、朗読法の授業で歌い、アンサンブルの仕事で歌い、これから練習で歌います。
喉が心配。
今夜はしっかりケアしてあげようと思います。
喉に長ネギ巻くのって本当に効くのかねぇ?
夏休み中、アメリカのポップアートに興味をもって色々調べてたんだけど、先週古本屋さんでイタリアのポップアート(アメリカ同様60年代以降のものだったかな?)の書籍がありました。
芸大図書館でも貸出禁対象だったから結構貴重なものなのかもしれないね。
実はその時代にイタリアでもポップアートが進行していたこと知らなくて、この本がきっかけでまた、研究対象が見つ かった気がします。
他にはロシアにおけるジャポニスムやチェコアバンギャルドなどにも手を出したいんだけど、本業の音楽が忙しくなってきたからしばらくはお預けになりそうです・・・・。
アメリカのポップアートもまだ勉強不足…バスキアの映画とか見てみたいんだけどねぇ~とにかく時間が足りない!
芸大図書館でも貸出禁対象だったから結構貴重なものなのかもしれないね。
実はその時代にイタリアでもポップアートが進行していたこと知らなくて、この本がきっかけでまた、研究対象が見つ かった気がします。
他にはロシアにおけるジャポニスムやチェコアバンギャルドなどにも手を出したいんだけど、本業の音楽が忙しくなってきたからしばらくはお預けになりそうです・・・・。
アメリカのポップアートもまだ勉強不足…バスキアの映画とか見てみたいんだけどねぇ~とにかく時間が足りない!
院試で結果を残せなかったんだけど、それ以降、人前で歌うのがなかなか難しい。
院には落ちるべくして落ちたのだと思う。
今までの自分が培ってきた経験、技術の脆さ、薄さに改めて気付かされて、まだ人前に持っていける歌声を持っていないのだと感じた。
舞台に立ったその時にはお客様に伝わるように、表現をする事に専念しなきゃいけないし、自分も演奏を楽しまなきゃいけないんだろうけど先に挙げた理由から、自信が持てなくて音楽が死んでしまう。
お客様にそして音楽に対して本当に申し訳ないと思う。
いくら練習室で上手く歌えても舞台の上でそれが出来ないようではなんの価値もない。
自分は声楽を始めるとき、「この人がうたう歌が聴きたい」と思われるような歌い手になりたいと思った。そうなろうと決めた。
それから10年経ったけど、まだこれっぽっちも求められるような演奏が出来ていない。頭数を求められる「誰でもいいから歌える人」にはなりたくない、でもこのままだとそうなってしまう。絶対に自分が望んだ演奏をする事は出来ない。
今、歌うことをやめるって言っても本気で止めてくれる人はいないと思う。
ただの歌が好きな人間で終わりたくなかったら、自分で自分を変えていくしかないのだと改めて感じた。
今まで本当に甘かったんだと思う。
今さら他のことが出来ないからやめないのではなく、自分の歌をこの世界に残して始めて生まれた意味になると思っているから自分に見切りをつけずに踏み留まってみようと思う。
キャンベルのスープはとっても美味しいけれど、○○シェフが作ったスープであったりお母さんが作ったスープ、のように顔が見える、無署名でない味を求めなければいけないのだと思う。
この記事を誰も読んでなくても構わない。
とにかく、今までの自分を心から軽蔑してます。
今からまた頑張ります。
自分の歌を欲する人が現れるまで何でもしてみます。
どうか腐った人生になりませんように!
院には落ちるべくして落ちたのだと思う。
今までの自分が培ってきた経験、技術の脆さ、薄さに改めて気付かされて、まだ人前に持っていける歌声を持っていないのだと感じた。
舞台に立ったその時にはお客様に伝わるように、表現をする事に専念しなきゃいけないし、自分も演奏を楽しまなきゃいけないんだろうけど先に挙げた理由から、自信が持てなくて音楽が死んでしまう。
お客様にそして音楽に対して本当に申し訳ないと思う。
いくら練習室で上手く歌えても舞台の上でそれが出来ないようではなんの価値もない。
自分は声楽を始めるとき、「この人がうたう歌が聴きたい」と思われるような歌い手になりたいと思った。そうなろうと決めた。
それから10年経ったけど、まだこれっぽっちも求められるような演奏が出来ていない。頭数を求められる「誰でもいいから歌える人」にはなりたくない、でもこのままだとそうなってしまう。絶対に自分が望んだ演奏をする事は出来ない。
今、歌うことをやめるって言っても本気で止めてくれる人はいないと思う。
ただの歌が好きな人間で終わりたくなかったら、自分で自分を変えていくしかないのだと改めて感じた。
今まで本当に甘かったんだと思う。
今さら他のことが出来ないからやめないのではなく、自分の歌をこの世界に残して始めて生まれた意味になると思っているから自分に見切りをつけずに踏み留まってみようと思う。
キャンベルのスープはとっても美味しいけれど、○○シェフが作ったスープであったりお母さんが作ったスープ、のように顔が見える、無署名でない味を求めなければいけないのだと思う。
この記事を誰も読んでなくても構わない。
とにかく、今までの自分を心から軽蔑してます。
今からまた頑張ります。
自分の歌を欲する人が現れるまで何でもしてみます。
どうか腐った人生になりませんように!