チャーミー STAGE DOORS -581ページ目

私の音楽ルーツ~藤山一郎編



  たまには音楽の事をまじめに書いてみましょう。話せば長くなる私の音楽のルーツ。今日はよくある

初めて買ったCD、レコードCD

 母の話を聞くと幼い頃母の実家に帰るとかの棋士・内藤国雄氏が歌った「おゆき」と言う曲を聴きたいとごねたと言う。なんていやな赤ちゃんだったのかしら・・。母たちは音楽が好きで流行歌はもちろん、ロックやアメリカン・ポップス、そしてジャズを知らないうちに耳にしていた。

 小学生高学年になり友達がとある歌を歌っていた、並木路子さんの「リンゴの唄」と藤山一郎さんの「夢淡き東京」だった。どうもこの曲が気に入ったらしい私はすっかり藤山一郎ファンになった。そしてその年のクリスマスプレゼントに買ってもらったのが「藤山一郎ベスト」だった。とても子供がねだるクリスマスプレゼントではないガーン

 しかし手に入れた私はとても喜び毎日一回は全曲を聴き、歌えるようになった。友達にもその害を広げ「藤山一郎非公式ファンクラブ」を結成するまでに至った。家でゲームをしてもBGMは先生の曲。サッカーをやってもチームの公式ソングは「丘を越えて」だった。当時、スジャータのCMやバラエティ番組にも出ていたりしてコミカルなところもみてますます好きになった。一番のルーツといってよい。きっとこんなこと書いたら笑われるだろうけど真実だから仕方がない。

 先生のレパートリーは幅広く、外国曲のカバー、クラシック、流行歌、ジャワ民謡、そしてホームソングなど。スタンダードジャズ「Lover Come Back To Me」も先生の歌で聴いた。

 実はハタチくらいまで今をときめく男性ボーカルの歌を聴くことができなかった。ほかに好きだった方もシナトラやペリー・コモ、井上陽水さんなど常に背筋をきりりとして粋に歌う人が大好きだったので、台頭してきたROCKやHIP HOPとかクネクネ!?踊るのはお下品むかっと思って避けていた。最近は大人になって今をときめく人も大好きですけどねドキドキ

 高校生の頃、藤山先生が国民栄誉賞を受賞した宝石ブルースポーツ界とは違って芸術の世界は記録がはっきりしているわけではないし、趣味趣向が人によって違うのでなかなか生前にいただくことはない。美空ひばりさん、古賀政男さん、服部良一さん、吉田正さん、渥美清さん、長谷川町子さん、みなさん死後に功績を讃えた形でもらっている。記者会見でベートーベンの「歓喜の歌」を歌った藤山さんに自分の事のように喜んだ。その数年後自宅で眠るようになくなったという。これから少しづつでも誰も歌わなくなってしまった先生の歌を歌っていけたらいいな。今でもあの気品は失くさないように歌っているつもりですがどうでしょうか・・・。

                                

これはベスト版二枚組のうちの一枚のCDのジャケットです。買ったテープはあまりに聴きすぎて聴けなくなってしまいました。赤いジャケット・・なかなか着こなせませんぜ!!先生。


芸能生活70年!!

 昨年の話になってしまうが、大晦日は「年忘れにっぽんの歌」を見るビックリマークと高らかに宣言しましたが、公約どおりず~と見ておりました。やっぱり徳さん、ウケたわ~。息子まで司会に登場して「お前がでてくるから動揺してどもってしまった」と愚痴る始末汗選択にミスはなかった(笑)。

 そして感動もあった。芸能生活70周年を迎えた菅原都々子さんがこのステージを機に引退された。声に特徴がある菅原さんはよく物真似のネタにされ、私のご幼少の頃のレパートリーでもあった(年齢詐称した子供)ので、ちょっと思い入れがあり、ガン見してしまったテレビ。この日歌ったのは代表作音譜「月お月様がとっても青いから」。作曲をしたのはお父様の陸奥明さん。それまで「江ノ島悲歌(エレジー)」「連絡線の唄」など暗い楽曲しかヒットがなかった娘さんに明るい曲を歌わせたいという思いから書かれた曲と聞いた事があります。そんな愛が込められているせいか歌詞も、

 今夜が最後のデートだけど「月がとっても青いから遠回りして帰ろう・・」と別れの辛さを明るくふるまっているなかなか小粋な歌詞でとっても大好きな曲だ。こんなこ洒落た歌詞は今の歌の歌詞にはでてこない音譜まだまだ歌えるのにもったいないと皆さんが口々におっしゃるとおり艶やかなステキな歌で普段歌を聴いても泣かない私ですが、頬を涙がつたった。

 もうボロボロの年寄りになって歌も歌えなくなったから引退、ではなく、しっかりしているうちに身を引く潔さに頭が下がる思いがした。でも歌をやめるわけではなく、ボランティアとして小さなところなどで歌で恩返しをしていきたいとのこと。その生き方もステキです。応援してますアップ都々子さん、お疲れ様でしたブーケ2

 そしてその後に同じく芸道70年の浪曲師・二葉百合子先生が「岸壁の母」を熱唱。75歳を超えているにもかかわらず、こちらも全く音がぶれることがなく、堂々と張りのある歌声を聴き、自分はまだ②鍛練が足りん、もっと鍛えなければメラメラと反省をしてしまうくらい素晴しかった。イヤー参ったなぁ(加山雄三風)私も習ってみちゃおうかしら・・音譜

活動開始

 今日は仕事始めでした。だいぶ鈍っていた体を動かし少しずつ通常モードに戻りつつあります。

 帰りに東京のお伊勢さま「東京大神宮」へ二回目の初詣に行ってまいりました天使以前代々木八幡に行っていると書きましたが昨年末にとある方から東京大神宮は恋愛の神様だと聞き、しかもその方にはご利益があったよう。たいして気にしてはいないつもりでしたがどうも体は気になっていたらしくえっ足が大神宮へと向かっていました(笑)

 この世の欲で食欲に気を向けて物欲、愛欲への欲は失くしたつもりでしたがどうもまだ未練があるらしい私・・。

 三が日も過ぎもう落ち着いているだろうと思ったのが甘く、境内に入りきれず外にまで列があふれていました。並んでお参りを済ませフラフラしているとビックリ。お守りや絵馬が売られていたのですが長音記号1まぁとにかく縁結び関連ばかり!!キティちゃんとのコラボお守りまで(まぁこれはあちこちで見かけますが)ある。

 ここまでくるとあまのじゃく根性が芽生える私・・。ご利益があったら来年も来てお守りかっちゃるビックリマークと心で捨てゼリフを吐き去っていきました(単に懐が寂しかっただけ)。

 帰りにちょっと神楽坂をぶらり。疲れたのでホントにふらっとしただけで帰ってしまいました、ただ神楽坂と聞くと「ゲイシャ・ワルツ」をついつい口づさんでしまう私・・この話がわかるのは50代以上のはず(笑)おまえいくつだ!?とボケ・突っ込みをひとりでする私。                           

                             メガネっ子になったらモテるかしら?萌えてくれるだろうか?(世の中そんなに甘くはない)