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アヴラムデイヴィッドスンは、典型的なマイナー作家に見える。一九五〇年代から六〇年代にかけてミステリーやSF、ファンタジーにおける主要な文学賞を総ナメにし、現在入手できる原書も少なくないのに、なぜか売れ線ではないため通好みに映ってしまう。
  だが擬態現象を広く深く展開した五九年度ヒューゴー賞受賞短編「さもなくば海は牡蠣(かき)でいっぱいに」(初訳時は「あるいは牡蠣でいっぱいの海」)を 三〇年ほど前に読んだ時の強烈な印象は、いまも消えない。独特な奇想に貫かれながら、これは誰が読んでも楽しめる現代文学の傑作なのである。
 だから今回、『ハサミ男』で一世を風靡(ふうび)した新本格ミステリーの鬼才にしてデイヴィッドスンを偏愛する殊能将之が珠玉の十六編を厳選し、豪華翻訳陣を得て謎の作家の正体を少しばかり明かしてくれたのは、うれしい限りだ。
  表題作は、地球がいちど滅び〈大遺伝子転移〉と呼ばれる時代を経たのち、人類のすがたかたちも変貌(へんぼう)してしまった世界で、かつての核兵器とおぼ しき「どんがらがん」が、かろうじて抑止力だけはとどめながら本質については忘れ去られているというブラックユーモア小説。バラードやヴォネガット、わが 国では筒井康隆や野田秀樹を連想させる。
 黒人奴隷制時代の常識を皮肉った「物は証言できない」やスウィフトをひとひねりした「さあ、みんなで眠ろう」、風変わりな書店を扱う「そして赤い薔薇(ばら)一輪を忘れずに」、魔術的リアリズム仕掛けのミステリー「すべての根っこに宿る力」なども、すべて名人芸の極致。
  とりわけ、未来の流行に関する予知能力を備えた一家の運命をスリリングに描く六一年発表の「ナイルの水源」に至っては、サイバーパンク作家ウィリアム ブスンの近作長編を彷彿(ほうふつ)とさせる設定と、現在の小説をあらかじめ熟知したうえでパロディー化しているような筆致に感銘を受けた。
 はたしてデイヴィッドスン自身 が、埋もれた逸材どころか、文学の未来 を見通す予知能力者だったのかもしれない。