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LIKE A ROLLINGSTONE

ひねくれ者の戯言です。

仕事復帰も騙し騙しだが、どうにか叶いそうだ。
今日で三日目。
少しずつだけど、以前の感覚が戻ってくればいいのだが・・・
未だ不安に襲われ業務中、厳しい時が訪れる。
どうにか耐えなくちゃ。


ミス・イエスタデイ。

ブラウニーありがとう。

上手に出来たね。
とても美味しかったよ。

イメージ 1
もう味わうことが出来ないのはツラいけど、それ以上の辛さにあなたは耐えている。
自分の不甲斐なさと中途半端な優しさで、一人の女性を傷付けた。
一生、この想いは忘れないよ。
今、yahoo!ニュースで忌野清志郎の訃報を知った。

尾崎豊の訃報とはまた違った衝撃を受けてしまった・・・

清志郎。去年復活し、また復活するぜ!と言っていたのに・・・
まさに日本のロックの礎を作り上げ、自らも昇華し楽しんでいた方でした。

自分はBoΦwyの世代で、氷室京介が群馬へドロップアウトする日に
RCの日比谷野音でのライブを見て、感銘を受け、帰郷をせず
布袋に連絡を取りBoΦwyを結成していくという逸話もあります。

直接は、「COVERS」の発売禁止かな。
当時所属のレコード会社Tは、原発にも資本出資を行っていて、
「放射能はいらねぇ 牛乳が飲みてぇ」とボブ・デュランの「Biow In The Wind」
のカバーで歌っていました。それが発売禁止の原因だったのかな。
でもポニーキャニオンかなんかが発売に踏み切ったんですよね。
坂本冬美もパープルヘイズを歌っていたり、最高のアルバムでした。

「雨上がりの夜空に」。

「どうしたんだい HEYHEY BABY!」最高です。
日本のROCKの最高の名曲。
多くのミュージシャンが敬愛するものうなずける曲です。

その他、「スローバラード」も好きでした。

その後の「BABY A GO GO」も良かったなぁ。

活動休止せず、日本のストーンズみたく活動して欲しかったなぁ。

清志郎、とにかく、カッコよかったな!!

同じような生き方をしているアーティストはいるけど、清志郎は突出してた。

ホント、ROCKな生き方でしたね。
デビューはフォークですが、RCサクセション、そして忌野清志郎はROCKです。

ご冥福をお祈りいたします。

ありがとう。忌野清志郎。ベイベー♪
眠れない。

あたまの中でこの曲がエンドレスで鳴り響いてる。

※「偶然さえも二人を祝い」は誤植です。「呪い」です、Yahoo!さん。



ねぇ。ミス・イエスタデイ。

あなたのメール。

そのまま受け入れて欲しいのか。
受け入れて欲しくなくてあなたはそうするのか。

そんなことを言って、どうしてブラウニーを焼くのか。

自分が中途半端な優しさを見せるからあなたも現実を受け入れられないのかな。

眠れず、今までずっと考えてみたけど判らないよ。
またおかしくなりそうだよ。

もう、サヨナラをしたんだよ・・・

綺麗に終わる恋なんて無いのかもしれないけど。

あまりにも愛し愛されて、壊れたWILD LOVE。