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たけセブンのブログ

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毎週のサッカー教室が始まった。

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今回は感動のソチオリンピックが終わったばかりとあって、子供たちが違って見える。

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もしかして、6年後の東京オリンピックで活躍する選手が出るかもしれない、などと考えながら見てると、ちょっとワクワクする。

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あらためて、オリンピックに出場し感動を与えてくれた選手たちに感謝したい。

ありがとう。

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そして、希望の未来を与えてくれている子供たちにも感謝したい。
ありがとう。

人生の金メダルをつかむため、がんばれ~。(^o^)/

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「子を持ちて、初めて気づく親の愛」

今日はこうきのサッカー教室。

今あらためて思うことは、子供の嫌いな親はいないということ。

たまに子供の虐待の話が世間を騒がせるが、それは子供が嫌いなのではなく、子供の愛し方がわからないだけの話だと感じる。

むしろ、虐待する親の魂の悲しみを感じてしまうのは、私だけだろうか。

私も子供を持って、その思いが理解できるようになった。

小学校のとき、いつもリトル・リーグに送ってくれた父の思い、いつも一生懸命に弁当を作ってくれた母の思い。

父よ、母よ、ありがとうございました。

そして、このような仕組みを作って下さった神仏に、心から感謝したいと思います。
ありがとうございます。

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武田家家宝 (^o^)/

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吉田松陰先生訓

『敵はサタンに非らず

      汝のその怠け心にあり』


今から20年前、ある方からいただきました。


私にとって松陰先生の言葉は、人生を変える一転語のひとつでした。


私は本当に幸せ者です。


この幸せを多くの人々に伝えるために、怠け心と戦い続けることを誓います。


頑張るぞ~~~。(^o^)/



1.私にできること            


 ある時 アマゾンの森が燃えていた
 すべての動物たちは
 大急ぎで逃げていった
 特に大きな強い動物たちは
 われ先にと逃げていった

 しかし クリキンディ(金の鳥)と
 呼ばれるハチドリだけは
 くちばしに水滴を一滴とっては
 燃えている森に行き
 その森に水滴を落とす
 そしてまた戻ってきては
 水滴を持っていく
 

 それを見て 大きな動物たちは
 こう言ってクリキンディを笑った
 「そんなことをして、いったい何になるんだ」
 

 それに対して
 クリキンディはこう言った
 「私は、私にできることをしているの」
 

   (南米エクアドルの先住民族に伝わるインカの伝説)



2.選択の時


 私たちは時おり、大きな時代の波に飲み込まれ、嵐の中の小船のように、なす術も無く流されてしまいそうになることがあります。

 

 その時、誰しもが陥りそうになるのが、「人のせいや環境のせい」にしてしまうことです。

 

 「あの人が悪かったからこんなことになったんだ」「こんな環境では何もできない」・・・。いろんな言い訳がまるで、蛇口をひねるが如く次から次へと出てくるようになります。

 

 しかし、その時こそ「幸福な人生」を選ぶのか、「不幸な人生」を選ぶのかの選択の時であるのです。

 

 クリキンディのように、自らのできることに全力を傾けることができる者は幸いです。自らの人生の主人公となって、希望の未来を切り拓いていくことができるでしょう。

 

 しかし、他の動物たちのように逃げる者は災いです。それは、自らの人生を他人や環境に委ねてしまうことになるからです。




3.泥中の蓮華の花


 「『どのような環境下においても、自分なりの一輪の花を咲かせる』ということが、『人生は一冊の問題集である』という言葉に対する答えでもあるのです。」(『信仰のすすめ』p50)


 この世は汚辱に満ちた難しい世界です。しかし、その中にあって、蓮華の花の如く、各人が自らの花を咲かせることを、仏は望んでおられます。

 

 仏は、決して罰としてこの三次元世界を創られたのではなく、仏性をさらに輝かすための希望の地として、この世界を創られたのです。

 

 さすれば、私たちはその仏の願いに応え、見事な花を咲かせようではありませんか。

 

 その色は問わない、その大小は問わない、その形は問わない、自らが自らの努力で、最高の、個性ある、唯一の、花を咲かせることこそ、永遠の命をお与えになり、転生輪廻という永遠に向上できる世界をお与えになった仏への最高の御恩返しであると思うのです。

 

 そしてその報恩の道は、私たちにとっての「ひとしずく」とは何かを考えることから始まるのではないでしょうか。

 

 同胞の皆さん、共に個性ある花を咲かせるため頑張って参りましょう。(o^∇^o)ノ