クリスチャントゥデイのコラム「こころと魂の健康(50)なぜ福音が届きにくくなったのか (渡辺俊彦)」を読んだ感想です。
http://www.christiantoday.co.jp/articles/23693/20170502/kokoro-no-kenkou-50.htm
「なぜ福音が届かなくなったのか」
その疑問に対する理由として、愛着が形成されず0歳~3歳までの発達課題を残したまま成長してしまったためだという。近年、人を信頼したり、愛情を受け止め深めたりすることが苦手な人が増えていると言うが、私もそう思う。以前の私もそうだったし、私の周りにも教会の内外かかわらず、そのような人たちを見るからだ。自分の正義を振りかざし、自分の思う通りにいかないとすぐキレる人。べたべた甘い声を出して、誰にでも依存し、かまってもらえないといじける人。彼らを見て、私は正直、めんどくさい人たちだな、できれば関わりたくないなと思ってしまっていた。
神様の愛と十字架を語っても、ザルに水を注ぐように、垂れ流しになってしまう。こんなにもったいないことはないと思う。
それを防ぐために、教会や牧師に求めれていることは、「愛着(愛情の器)」を形成し直すことだと言う。ダビデが詩編で告白しているように(詩編139:13~16)、私たちは皆、母の胎内で、神の手によって組み立てられ、見つめられ、愛されて生まれた。神様が、その歩みを守り導いてくださる真の養育者なのだ。無防備で生まれた未熟な赤ちゃんを、母親が片時も傍を離れず世話するように。
私も日々、神様との関係を見つめ直し、愛の器が強めらるように、もっと深くその十字架の愛を知っていくことを大切にしたい。そして、愛着が形成されてない人たちを見くびらず、神様との関係の中で過去の傷が癒されるように祈り、寄り添ってあげる者になりたい。