2年に一度の開催である全四国男声合唱フェスティバルのご案内をいたします。
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全四国男声合唱フェスティバルin西条
2019年2月10日日曜日 13:30〜16:00
西条市総合文化会館 (西条文化)<〒793-0041 愛媛県 西条市神拝甲79-4>
主催:男声合唱団「我夢」
出演団体:グリークラブ香川、丸亀男声合唱団コールメル、男声合唱団「我夢」、えひめグリークラブ、TURKEY'S CLUB、男声合唱団「烏(からす)」
合同演奏『水のいのち』
指揮:高嶋昌二 ピアノ:大山まゆみ
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<ある友人への手紙>
ご無沙汰しております。お元気でしょうか。近づいて参りましたので、全四国男声合唱フェスティバルin西条のご案内をさせていただきたく。
ご存じの通り、今回の目玉は合同合唱『水のいのち』です。いつも私たちの活動に興味を持っていただいており、そのご縁からもぜひご案内を、と思っていたのですが、それ以上に高嶋先生のご指導に深い感銘を受けており、何よりそのことをご報告したく筆を執りました。
私は今「高嶋先生は国語の先生なんだなぁ」と強く思いながら歌っています。それは先生の言葉との向き合い方に凄みを感じるからです。既に何度も歌ったり耳にしてきた組曲なのに、合同練習の高嶋先生の指揮により、そこにある言葉の一つ一つが熱量をもった音楽になっていくのです。この言葉に込められたこの思いを聞く人に伝えるために作られた音楽だからこう歌う、すべてが理にかなっています。高田先生が音楽に乗せようとした思いが形になって歌う者の中に生じ音となってそこに表現されていく、そのような実感があります。
やわらかく降りしきる「雨」があらゆる存在をよみがえらせていくさま。小さな水たまりの鬱屈と海にもつながる強い空へのあこがれ。奔騰する強烈なエネルギーをはらみながらも下へと流れるしかないさだめである川の嘆き。波のはるか向こうから神の声のように「見なさい」と聞こえてくる海の思い。遥かに深く底へと沈むものが自らの「みえないつばさ いちずなつばさ」を恃み空へと舞い上がっていくたとえようのない喜び。組曲のフィナーレ、高嶋先生は、全身に歓喜をみなぎらせて「のぼれのぼれ のぼりゆけ」を導いていきます。すべてを許されてついに天上へと舞い上がり、天に召され救済される幸せにあふれた大団円。まさにその瞬間、天上の光を見るような思いに私は満たされます。本当に素晴らしい。
であるからこそ、そのように歓喜に満たされて天上に昇った水のいのちを再び雨にして地上へ落とすことがいかに残酷なことか。それを強く実感しました。仏教的な水の輪廻を念頭に再び雨に戻ることをあえて言いつのる絶望、私もそのようなことには堪えられません。高田先生が終曲の後に再び「雨」に戻る事を喜ばなかったのも当然です。それは他の所でやってほしい。この組曲は救われた魂を喜び賛美するためにキリスト教的世界観で作られた曲なのだから。そのことが頭ではなく身体で理解できた、それが高嶋先生の力です。かつて高田先生から高嶋先生に、あなたは私の音楽を本当によく理解している、これからもこの調子でこの音楽を広めていってほしい、というお電話があったというのもよく分かります。
演奏会の最後を締めくくるアンコールも素晴らしいです。中島みゆきの名曲を高嶋先生が独自の解釈で男声合唱に編曲したものを演奏します。傷ついた少女の弱々しい一人語りから始まり、次第に力を増して堂々たる男声合唱へと展開していく演出のすばらしさ。それも高嶋先生の類い希なる言葉のセンスがあればこそです。これを聞いた中島みゆきさんご本人からも、ぜんぜん違う歌だけどこれもアリよね、とお墨付きをいただけたとのこと。さもありなん。後半にかけて私が教員として見てきた多くの生徒たちの顔が浮かんでとても平静では歌えなくなってしまいます。演出も相まってこの歌は一生忘れないほどに深く印象づけられるものになりそうです。
また、これらの合同練習に先立って高嶋先生は毎回1時間近く身体のトレーニングをしてくださいます。首、声帯、肩、足腰などのストレッチに加えて、顔や舌や唇など、歌うために必要なさまざまな筋肉を鍛えるトレーニングです。これが本当に素晴らしい。社会人合唱団のすべての悩みは高齢化。ご多分に漏れず本団もその問題に苦しんでいます。高齢化によって起きるのは、音程や響きが下がりリズムの切れがなくなり音楽全体がゆるんでしまう、という現象。そしてそれはすべて筋肉の衰えによって起きます。高嶋先生は独自のトレーニング法によって衰えつつある筋肉を鍛え、持って生まれたノドの強さに頼るのではなく、意図する音・言葉で歌うために全身の筋肉を使いより表現の幅を広げていく方法を教えてくださっています。本団はそれに正面から取り組み定時練習の開始からしばらく筋トレをやっており、一般的な音程のある発声練習になるのは20分以上過ぎてからです。そして今、あらがいようもなく衰えつつあった声を多くの団員が若々しく取り戻し始めています。
これらすべては高嶋先生が音楽の先生ではなく国語の先生であること、すなわち伝統的(徒弟的)なクラシック音楽のアプローチから自由であることで実現しているのではないでしょうか。言葉を歌うこと、良い合唱を作ること、生徒たちがそれを実現するためにどうすればいいのかを必死に考え編み出していった独自のアプローチ、それを私たちは今、教わっているのだと思います。そのことで私は、ともすれば惰性の中にしぼみかけている合唱への熱情をよみがえらせつつあります。
ちなみに本団のステージは「ミュージカルアルバム」です。「ラマンチャの男」などミュージカルの名曲集で、とても良い曲ばかりなのですが何せ全曲、英語。一同みな本番を前に暗譜に大変に苦しんでいます。私も夜な夜な怪しげな音を出しながらアタマではなく唇に覚え込まそうと悪戦苦闘中です。
遠方ゆえご無理をなさらないでいただきたいとは思いながら、この興奮をお知らせいたしたくご招待のチケットを同封させていただきました。また今後もお会いする機会があることと思います。その折にはぜひこの演奏会の話をさせてください。ではまた。ご自愛のほどを。失礼いたします。(2019/01/17)