あれから自分はナカミがかなり大きく変貌して、
今では通信制高校に通っている。
あれから
そう去年の夏、塾に通い始め
テストなんてほぼ、運試しで挑んでいたように
悪いところは変わりなかったが
受けた高校のどれも受かることができた。(当日は本当に辛かった)
でも私は、いわゆる普通を選ばなかった。
この進路を定めたことに、
今はまだ後悔も満足もしていない。
よかったかどうかなんて分からないけど、
少なくとも
個々の個性の潰された制服を着て、
動く箱に自ら身を詰め込む日々は送りたいと思わなかった。
また、同じような境遇であった友達ができた、
理解し合える立場の人との交流は
変な気を張らなくていいので
とても気持ちがよかった。
先生方も、同様に。
今日の遠足だって、
楽しかった以外にこの気持ちを
シンプルに言い表す術が見つからない。
だからこの選択をした上での、これらの事には満足している。
ただ、
この良さだけでは
私は大人になれる気がしない。
お堅くいうと、
きちんと責任を取れる大人に。
どうしたっていずれ、蛹を破り捨てて
出ていかなきゃいけない。
以前の自分には、
この事実を受け入れることが
とても嫌で仕方なかった。
同時に不安でいっぱいでもあった。
だがこの不安は、大概’’自信がない’’から来るものだと、
私はこの間の三年間のどこかで気づくことが出来ていた。
だから私は、
個人的な安心を添えられた
『完璧ではない立派な大人』
成れるように
自立
したいと思った。
この言葉を出すのは
やはり甘えからくるのかもしれないが、
私は末っ子で、甘えて育ってきた自覚がある。
なのでそのまだ幼稚な心とプライドが邪魔をして、
立ち止まって考え・悩むことが多々ある。
こういった堅実的な口調で表現をしていないと、
子供っぽさ滲み出る口語との
メリハリがつかない笑。
自己評価の目は厳しく、
自己肯定感は大げさに高く、
が、今のモットーであろうか。
あと、やはり海外の人・文化・言葉は
この閉鎖的な国
生まれとしては
とてもいい刺激になる。
ある人(ら)のおかげで、
また、
得意な科目を英語、と言えるようになった。
次の進路の指針にもなって、
巡り会えてよかったと、
ささやかながら感謝している。
この前受けた、パソコン講座もの知識も
かなり役に立ったということで、
今回はこの辺で終わりにしよう。