私は今、「嫌われる勇気」という本を読んでいます。アドラー心理学です。
今朝の出来事をアドラー的に見てみます。
今朝の出来事…
電車通の子供たち
お兄ちゃんがグズグズしていて電車🚃に乗り遅れた
一本遅い電車🚃に乗ると遅刻する
お兄ちゃんが「送って行って」と大騒ぎ
昨夜、宿題やらずに寝たお兄ちゃん
今朝、目覚まし⏰かけたが起きられず、やっていない「宿題は?」と聞きたいのをグッと堪えた
きっと何かを感じ自分で選択すると信じて見守った
「気持ち良く、学校に行けるかい?」とだけ声かけした
宿題やる気にならない理由を「友達から嫌な事されるから学校やめたい」と言うことがある
祖母の家に泊まりたい時「学校やめたい」と話す
友達と上手くいかないと言う事を何かから逃げる手段にしているように感じる事がある
ゆっくり話したり、コミュニケーションの時間として車🚗で送迎することもあるが、今朝はあえて遅刻しても自分の力で行ってもらおうと思った
お兄ちゃんがイライラをぶつけて怒鳴る
↓
妹が反応して意地悪をする
↓
妹に影響を受けないように促すが、意地悪がエスカレート
↓
妹に自分の行動を振り返る時間を作らせたいと車から荷物を降ろし私は車の鍵を閉めた
お兄ちゃんにも歩いて行くように話した
↓
お兄ちゃんは歩いて行った
お兄ちゃん
目的:怒鳴ってストレス発散する
行動:怒りという感情を利用し怒鳴る
妹
目的:お兄ちゃんを負かす
行動:お兄ちゃんの怒りを利用しやり返す、意地悪する
私
目的:妹の意地悪をやめさせ反省させる
行動:かばんを外に出し罰のように歩かせた
これはやはり怒りの感情を利用したのだろうか?
私は良かれと精一杯の選択をしたが、もっと泣かさずに考えてもらう工夫ができたかもしれない。
より多くの視点を持ち、その中から自分にとって最善を尽くし、子どもたちに自分で人生の選択をして生きていると実感をしなが生きてほしいと思います。
そういえば…
「命があれば幸せと言うものじゃない。」
水戸黄門のセリフ。
恐れて言われるがままに苦しみ生きるより、信念を貫き恐れずたたかう方が幸せではないか。
そう解釈しました。
どう生きるのか。
私たちはどんな状況においても、自分の在り方で幸せになれる、選択できるのですね。