子猿のパンチくん、可愛いですねぇ…
子ども嫌いなまっくろ子、
動物は好きなので
縫いぐるみのオランママに
抱きついているパンチくんをみると
胸がキュンとしてしまいます。
産まれて翌日に育児放棄され
愛着のために与えられた
オラウータンの縫いぐるみと
飼育員さんに育てられた
パンチくん。
パンチくんよりも
大きな子ザルが
自分のお母さんに抱きついたり
抱きしめられたりしているのを
遠巻きで
羨ましそうに見つめながら
日々身体を緊張させ
岩に身を隠し
それでも群れへ寄っていく。
人間社会で言えば
放置子よね。
それをよってたかって
可愛い可愛いって押し寄せる
人間、わたしも含めバカですね。
子ザルを可哀想と思うなら
まずしょせん動物の世界に目を向けるより
自分の所属するコミュニティ…
つまりは人間社会でも
省みればいいのにと思ってしまいます。
守られない
拠り所のない
という状態が如何に心細いのか
放置子もそうだけれど、
見かけは立派な親がいる
(外面だけがいい)
わたしのような隠れ毒親育ちね。
心細さというか
何をどうしたらいいのかわからなくて
試行錯誤してみたものの
社会のルールに合ってなくて
群れから叱られる
なんで?が続く
こういうループでグレるのが
人間ですけれど。
家庭というのはブラックボックスで
心の中というのは
見えませんから
なんかおかしい子のままで
おかしい大人になっていくんですね。
まっくろ子、お前の家の子どもは
どうなんだよ?
と騒ぎたい人いるでしょうが…
うちは夫が
理想的にお母さんやってますので
子どもはパパっ子です。
(まぁなぜか寝るときだけは
まっくろ子担当なんですけど。
この前あたりから、
まっくろ子と風呂に入るのイヤイヤされて
イラッとしましたね)
子ども嫌いだといいことも1つあって
パパっ子だろうが
どうでもいいことです。
ママだから…!みたいなプライドないんで
覇権争いなんてしませんよ。
「わたしばっかり躾けて
パパが甘やかすからわたしに懐かない!」
なんてキレることも
不満爆破することもありません。
なんなら、
さっさと着替えさせたいとき
もう機嫌なんか無視して
歯磨きをするときも
わたしがやっちまえ!
とっとと寝ろ
となりますしね。
夫みたいに
せがまれるまま
永久に同じ絵本を読み聞かせる
なんて芸当は無理です!
うちのコ、いまのところ
かなり安定してるみたい。
ごめんあそばせ👋
夫が安定してる人なんでね。
はっきりいって…
母親一人で目を血走らせて
いい子を育てようと躍起になる人
おりますけど…
夫婦仲がすべてなんじゃないかって
思います。
子供の前だけ仲良しを演じるとか
バレてますよ。
その姿勢を見て人間関係を学ぶんです。
言ってることわかりますかね。
わたしはあんまり関わってこないし
遊びには消極的だけど
必要最低限の世話をしてくれる人。
夫はちゃんといつでも応えて遊んでもくれる人
で安定してればいいわけ。
で、夫とわたしは
笑顔でコミュニケーションする仲ですから
そこに自分(子ども)がいるで
対応の違いを学ぶわけですね。
保育園では
自分より小さい子との関わり方が
優しいのと
なにかあっても叩いたりせずに
嫌なら離れていく性格で
お友達に大人気の様子…。
登園前も降園のときも
「白くーーーん!!」コールの
激しさに誇らしくなりました。
チビはどこ吹く風なんですけどね…
安定してるってすごいね。
まっくろ子は
すでにこれぐらいの時期に
周りの顔色を伺う子供でしたから。
4歳からは別の保育園になるので…
次の保育園でつまずかなければいいけど
と不安定なわたしは心配でなりません。
(自分の身の振りもふくめて。
ママ友ガチでいらん)
だから子育てしたくないのよね。
もう世の中がめんどくさすぎて。
子どもの友達だからお付き合い、とか
職場でのおしゃべりもストレスな
まっくろ子にプラスになるはずもありません。
さて、とにもかくにも
夫婦の在り方が
子どもの育ちよな、というのが
まっくろ子の持論でございました。
いちお、今の発達心理学では
子どもはね
たった1人、安定した愛着対象が
いればいいんです。
多くの場合それが
母親にのしかかってるっだけ。
(お父さんは仕事で家にいないし、
今は核家族ばっかでしょ。
どんなポンコツでも
母親しか家にいなかったら
そいつを拠り所にするしかないじゃん😂)
母性神話なわけです。
ぶっちゃけ、
母親が安定した人間でない場合は
保育園のせんせいでもいいけれど
しょせん仕事なわけで
シフトでいたりいなかったりするわけでしょ
それが問題と言えば問題なわけよね。
そして、
心の拠り所なのに
拠り所にしていない「親」のほうが
育てる権限をもっているから
おかしなことになるわけですけどね
保育園の先生が
「お家でどうですか」に
「問題ないですけど?」という
対応をするのが毒親というものです。
こうして、
本来は守ってほしい相手に
守ってもらえず
(だって保育園の先生は仕事してるだけ)
誰も自分を想ってくれないんだなぁ
他所の子は
なんで専用の優しい人(多くはお母さん)が いるのに
自分はみんなの「先生」で
その人は取り合いなんだろう
という孤独のなかで生きていくんですね。
言葉にもならない想いでしょうけどね。
教育ってそういうことじゃない?